深夜零時をまわると、僕の仕事がはじまる。
町中の、止まってしまった時計を、巻き直して歩くのだ。
人には見えない。昼のあいだ、時計はちゃんと動いているように見える。でも、本当は、あちこちで少しずつ止まっている。誰かが、時間から取り残されるたびに。
僕は、古い革の鞄を提げて、夜の町を歩く。鞄のなかには、大きな鍵がひとつ。どんな時計にも合う、時をまくための鍵だ。
止まった時計は、僕にはすぐわかる。そこだけ、空気がひやりと澄んで、音が消えているから。街灯の下の掛け時計、駅前の大時計、誰かの家の柱時計。僕はそっと近づいて、鍵を差し込み、ゆっくりと巻く。
かちり、かちり、かちり。
三度まわせば、針が動きだす。止まっていた時間が、また流れはじめる。取り残された誰かが、また、明日へ進んでいけるように。
この仕事を、いつからしているのか、僕は覚えていない。気づいたときには、鞄と鍵を持って、夜の町を歩いていた。名前も、生まれた場所も、思い出せない。ただ、時をまくことだけを、知っている。
その夜、僕は、いつもとは違う場所で足を止めた。
古い公園の、片隅。ベンチのそばに、大きな花時計があった。花で飾られた文字盤の、その針が、止まっていた。
そして、その花時計のそばに、少女が、ひとり、座っていた。
膝を抱えて、うつむいて。まるで、時計と一緒に、そこで止まってしまったように。
僕が近づいても、少女は動かなかった。
「……こんばんは」
声をかけると、少女は、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳は、深い夜の色をしていた。
「あなた、わたしが、見えるの?」
少女は、掠れた声で、そう言った。