第1話: 止まった時計

深夜零時をまわると、僕の仕事がはじまる。

町中の、止まってしまった時計を、巻き直して歩くのだ。

人には見えない。昼のあいだ、時計はちゃんと動いているように見える。でも、本当は、あちこちで少しずつ止まっている。誰かが、時間から取り残されるたびに。

僕は、古い革の鞄を提げて、夜の町を歩く。鞄のなかには、大きな鍵がひとつ。どんな時計にも合う、時をまくための鍵だ。

止まった時計は、僕にはすぐわかる。そこだけ、空気がひやりと澄んで、音が消えているから。街灯の下の掛け時計、駅前の大時計、誰かの家の柱時計。僕はそっと近づいて、鍵を差し込み、ゆっくりと巻く。

かちり、かちり、かちり。

三度まわせば、針が動きだす。止まっていた時間が、また流れはじめる。取り残された誰かが、また、明日へ進んでいけるように。

この仕事を、いつからしているのか、僕は覚えていない。気づいたときには、鞄と鍵を持って、夜の町を歩いていた。名前も、生まれた場所も、思い出せない。ただ、時をまくことだけを、知っている。

その夜、僕は、いつもとは違う場所で足を止めた。

古い公園の、片隅。ベンチのそばに、大きな花時計があった。花で飾られた文字盤の、その針が、止まっていた。

そして、その花時計のそばに、少女が、ひとり、座っていた。

膝を抱えて、うつむいて。まるで、時計と一緒に、そこで止まってしまったように。

僕が近づいても、少女は動かなかった。

「……こんばんは」

声をかけると、少女は、ゆっくりと顔を上げた。

その瞳は、深い夜の色をしていた。

「あなた、わたしが、見えるの?」

少女は、掠れた声で、そう言った。

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