その夜、同盟に、新しい客が現れた。
入ってきたのは、二十代半ばくらいの女性。疲れきった顔で、隅の席に座り、無言でパンケーキを注文した。
「新顔だな」と黒田部長が、目を光らせた。「三上くん、あの者は、同盟にふさわしいか、見極めねばならん」
「勝手に人を審査しないでください」
しかし、その女性――名前は後で聞いた、佐々木さん――は、明らかにワケありだった。パンケーキを一口食べては、深いため息をつく。それを、五回くり返した。
見かねて、僕は水を注ぎに行った。
「あの、大丈夫ですか」
「……仕事、辞めてきたんです。今日」
「そうなんですか」
「三年勤めた会社、パワハラがひどくて。今日、限界がきて、辞表叩きつけて。帰る家に、まっすぐ帰る気になれなくて。ここに」
聞いていた同盟の面々が、そっと近づいてきた。
黒田部長が、コーラ片手に言った。「よく、辞めた。えらいぞ」
「え?」
「私はな、辞められずに、部長までしがみついてしまった側の人間だ。逃げる勇気を持てなかった。きみは、逃げた。それは、負けじゃない。生き延びる、賢い戦略だ」
吸血鬼の夜宮さんも、うなずいた。
「我も、五百年生きるコツは、無理をせぬことだと知った。嫌な城主に仕えた時代は、さっさと逃げ出したものよ」
「あんたの場合、時代が違いすぎるよ」とスミレさん。「でもね、お嬢さん。辞めて正解。あたしなんか、旦那が生きてる間、我慢ばっかりしてた。人生、我慢するには短すぎるんだよ」
佐々木さんの目に、じわりと涙が浮かんだ。
見知らぬ深夜のファミレスで、変な常連たちに、まるごと肯定される。それは、彼女がずっと、誰かに言ってほしかった言葉だったのかもしれない。
「パンケーキ、冷めちゃいますよ」と僕は言った。「温かいの、お作りしましょうか」
「……お願いします」
佐々木さんが、初めて、少し笑った。
黒田部長が、高らかに宣言した。
「よし! 佐々木くんの、再就職作戦会議を始める! 議題、彼女に合う、ホワイトな職場の探求!」
同盟の議題は、今夜も、どこまでも本気で、くだらなくて、あたたかかった。