銀の羅針盤 第9話「最後の場所」

第9話 最後の場所

羅針盤が静止した。

歩き続けて辿り着いたのは、街の中心にある古い広場だった。石畳が敷かれていて、真ん中に小さな噴水があった。観光地でも名所でもない。ただの広場だ。だが、何かが違った。

空気が澄んでいた。光の角度が独特だった。昼間なのに薄暮のような柔らかさがあり、周囲の建物は輪郭がぼんやりとしていた。そして、周りを見渡すと、今まで訪れた全ての場所の方向が、ここを中心に放射線状に広がっているような気がした。北の駅、東の古い図書館、南の港、西の教会──それら全てがこの広場を起点にしていた。

羅針盤は完全に動きを止めていた。指の上で揺るがず、針が水平になって、どこも指さしていない。初めてのことだ。これまで羅針盤は常に何かを求めるように揺らめいていた。それが今、完全な静止。まるで長い旅路の終わりを告げるように。

これが最後の場所だ。そう確信した。

ここで何をすべきか、分からなかった。羅針盤が導いてくれたのはここまで。後の道は示されていない。胸の奥に戸惑いが溜まっていく。ただ立ち尽くしていた。白い石畳を踏みしめながら、噴水から溢れ出す水の音だけに耳を傾けていた。その音は澄んでいて、何か懐かしい響きがあった。

夕方に近づいていたのか、広場の影が徐々に濃くなっていく。一人きりの空間に、自分の心音が大きく聞こえるような感覚に襲われた。この場所で何をするのか。羅針盤は目的地を示すだけで、その先は示さない。それが羅針盤の宿命なのだろうか。

しばらくして、後ろで足音がした。

ぱたぱたと、走る足音。荒い呼吸が聞こえてくる。振り返ると、息を切らしたセラが立っていた。彼女の頬は赤く、髪は汗で濡れていた。その目は険しくて、同時に何かから解放されたような輝きがあった。

「来られた」と彼女は言った。その声は震えていた。「縛りが、解けた」

セラの目に、見たことがない光があった。恐怖ではなく、絶望でもなく、むしろ解放感に似た表情だ。彼女は何度も深く息をついて、羅針盤へ視線を向けた。

「それが、動かないんだ」と俺は言った。「初めてだ」

セラは一歩、そしてもう一歩近づいてきた。その足取りには迷いがなかった。

「最後だから」セラは静かに答えた。「最後だから、動かなくなるんだ」

彼女の言葉の意味を、まだ完全には理解できていない。だが、この広場の空気が、この静けさが、何かの終わりを象徴していることだけは感じていた。

──(最終話へつづく)

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