湊は、ゆっくりと、ゴンドラに足を踏み入れた。三年間、一度も乗らなかったゴンドラに。
莉子も、隣に乗り込んだ。扉が閉まる。
ゴンドラが、静かに昇り始めた。
最初、窓の外は、いつもの遊園地だった。だが、頂上に近づくにつれ、景色が変わり始めた。
湊が、息をのんだ。
窓に映っていたのは――生きている、湊の姿だった。
事故に遭わなかった、もう一つの人生。閉園後、湊は別の遊園地に就職していた。子どもたちに囲まれ、観覧車を動かし、楽しそうに働いていた。歳を重ね、恋をして、家庭を持ち――穏やかに、年老いていく。
「これが……僕の」湊の声が、震えた。「生きていたら、こうなっていた……」
「うらやましいですか」莉子が、そっと聞いた。
「……はい」湊は、涙を流していた。「でも、不思議です。うらやましいのに……なんだか、ほっとしてる」
「どうして?」
「あちらの僕が、幸せそうだから」湊は、微笑んだ。「僕は死んでしまったけど、『もしも』の中で、僕は、ちゃんと幸せになれてる。それを、見られただけで――なんだか、救われた気がします」
ゴンドラが、頂上を越えた。窓の景色が、少しずつ、元の遊園地に戻っていく。
「湊さん」莉子は言った。「あちらの湊さんも、きっと、こっちのあなたを思ってますよ。子どもたちを喜ばせたくて、観覧車を動かしたあなたの、優しさを」
湊は、うなずいた。涙が、光っていた。
「僕、ずっと、悔しかった。生きたかった。でも……もう、いいのかもしれません」湊は、窓の外を見た。「僕は、僕なりに、精一杯だった。最後まで、観覧車を動かそうとした。それでいいんだ、って、やっと思えました」
ゴンドラが、地上に近づいてくる。
湊の体が、少しずつ、淡い光に包まれ始めた。
「莉子さん」湊は、穏やかに笑った。「ありがとうございました。あなたが、僕を、連れ戻してくれた」
「湊さん……」
「僕、やっと、降りられそうです」
ゴンドラの扉が、開いた。