第8話: 席を譲る者

反転した部屋で、私は何日を過ごしただろう。

時間の感覚は、とうになかった。空は、いつも同じ薄暗さのままで、明るくも暗くもならない。腹は減らず、眠くもならない。ただ、正面の鏡だけが、本物の世界を映していた。

鏡のなかでは、私の顔をしたものが、私の生活を送っていた。私の部屋で眠り、私の服を着て、私の職場へ出かけていく。器用に、私になりすまして。

誰も、気づかないのだ。動作の遅れも、もうなかった。あれは、完璧に、私になっていた。

私は、鏡を叩いた。叫んだ。気づいて。それは私じゃない。私は、こっちにいる。

でも、声は届かない。私の手は、ガラスの向こう側に、触れることさえできなかった。

メモの言葉が、頭を離れなかった。ここから出るには、次の誰かに、席を譲るしかない。

つまり——私が、新しい住人を、この鏡に引きずり込めば。私は、外に出られる。あの部屋に戻れる。私の人生を、取り戻せる。

前の住人も、そうやって私を選んだ。手招きをして、目を合わせて、遅れさせて、少しずつ、私を影に変えていった。

私は、鏡の前に立った。

本物の世界の、私の部屋。次に、誰かがここに越してくれば。その誰かが、夜、廊下の鏡の前を通れば。私は、あの手招きを、するのだろうか。

おいで。私の代わりに、ここへ。

そんなこと、できるわけがない。私は、こぶしを握った。誰かを、こんな場所に閉じ込めるなんて。

でも——鏡の向こうで、私の顔をしたものが、こちらを見て、笑った。

その笑みが、言っていた。

いずれ、お前もそうなる。ここに長くいれば、飢える。孤独に、飢える。そして、必ず、手招きをするようになる。私が、そうだったように。

私は、鏡から目をそらした。

そらした先の、反転した部屋の隅に。

女が、ひとり、うずくまっていた。私より、ずっと前から、ここにいる誰か。老女でも、前の住人でもない、もっと古い、誰か。

こちらを見て、その女も、笑っていた。

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