第7話: 弟子入り志願

服部の正体を知ってから、僕たちの関係は、少し変わった。

相変わらず、服部は忍者を名乗り、深夜に任務を持ってくる。でも、僕は、もう、本気で嫌がらなくなっていた。

むしろ、任務がない夜は、少し、物足りない。

ある夜、僕は、思いきって、言ってみた。

「服部さん。俺に、菓子作り、教えてくれないか」

服部は、目を丸くした。

「なにゆえ」
「いや……なんか、あんた見てたら、俺も、何か、作ってみたくなって。仕事以外に、打ち込めるもの、ほしくて」

服部は、しばらく黙って、それから、にやりと笑った。

「よかろう。ただし、忍びの修行として、教える」
「なんで忍者縛り」
「拙者の、こだわりゆえ」

こうして、深夜の菓子作り修行が、始まった。

「まず、卵を割る。音を立てず、殻を一片も残さず。これぞ、忍びの手つき」
「卵ひとつに、そこまで求める?」
「菓子作りは、心を映す。雑な者は、雑な菓子しか作れぬ」

服部の指導は、忍者めいているわりに、本格的だった。バターの混ぜ方、粉のふるい方、オーブンの見極め方。ひとつひとつ、丁寧に、教えてくれた。

最初に焼いたクッキーは、炭になった。

「これは……手裏剣というより、鉄球でござるな」
「うるさいな!」

二度目は、生焼けだった。三度目で、ようやく、それらしいものが、焼けた。

形は歪んでいたけれど、味は、悪くなかった。

「上出来でござる」と、服部が言った。「初めてにしては、な」

僕は、自分で焼いたクッキーを、しみじみと眺めた。仕事以外で、何かを作ったのなんて、何年ぶりだろう。

「なあ、服部さん」
「なんでござる」
「あんた、いつか、店に戻るのか」

服部は、オーブンを片付けながら、少し、間を置いた。

「……わからぬ。まだ、こわいのだ。また、あの場所で、うまくやれるか」
「でも、あんた、こんなにうまいのに」
「腕の問題では、ないのだ。心の、問題でな」

服部の背中が、いつもより、小さく見えた。

僕は、歪んだクッキーを、ひとつ、彼に差し出した。

「じゃあ、俺が、あんたの一番弟子だ。師匠が店に戻れるように、俺も、応援するよ」

服部は、振り返って、クッキーを受け取った。

「……かたじけない」

その声が、少し、湿っていた気がした。

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