第6話: 空へ昇る夜

老人が帰ったあと、莉子は青年に尋ねた。

「あなたも、会いたいんじゃないですか。もう一人の、自分に」

青年は、長い間、黙っていた。やがて、静かに口を開いた。

「僕は……この遊園地で働いていました。三年前、閉園するまで」

莉子は、息をのんだ。

「観覧車の点検係でした。閉園の日、最後にもう一度だけ観覧車を回そうとして――事故に遭ったんです」

莉子の背筋が、冷たくなった。

「僕は、あの日、死んだんです」青年は、淡々と言った。「気づいたら、この乗り場に立っていました。夜になると観覧車が動いて、迷った人がやってくる。僕は、その人たちを乗せて、見送る。それが、僕の役目になっていました」

「じゃあ、あなたは……」

「はい。もう、生きていません」

莉子は、言葉を失った。目の前の青年は、こんなにも、はっきりと、そこにいるのに。

「僕がゴンドラに乗れないのは」青年は続けた。「僕には、もう、『選ばなかった人生』がないからです。人生そのものが、あの日で、終わってしまったから」

莉子の胸が、締めつけられた。

「僕は、たくさんの人の『もう一つの人生』を見送ってきました。でも、僕自身には、もう、そのどちらもない。ただ、ここで、みんなを見送るだけ」

「そんな……」

「いいんです」青年は、微笑もうとした。「みなさんが、少しでも前を向いて帰っていくのを見るのが、僕の、たった一つの喜びですから」

その夜、莉子は、初めて青年の名前を聞いた。

「湊、といいます」

「湊さん」莉子は、名前を呼んだ。「わたしに、何かできることは、ありませんか」

湊は、少し驚いたように莉子を見た。それから、首を振った。

「僕のことは、いいんです。あなたは、あなたの人生を、生きてください」

でも、莉子は思った。

この人を、このまま、ずっと一人で「見送る係」にしておいていいのだろうか、と。

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