第5話: 管理人

俺はビルの管理人室を訪ねた。定年間際の、白髪の管理人がいつも座っている小さな部屋だ。

「あの、変なことを聞くようですが」俺は切り出した。「このビルのエレベーター、深夜になると、十三のボタンが出るんです」

管理人は、湯呑みを持つ手を止めた。しわの深い顔が、こわばったのがわかった。

「……あんた、押しちゃいないだろうな」

低い声だった。俺は首を横に振った。「押してません。でも、同僚が……」

管理人は深いため息をついて、湯呑みを置いた。

「昔の話だ。このビルを建てるとき、本当は十三階まで作る予定だった。だが、十三階の工事中に、事故があってな。三人、死んだ。それで縁起が悪いと、上の階の計画は取りやめになった。図面上は、十三階はないことになってる」

「じゃあ、あのボタンは……」

「作りかけの十三階は、まだ、あそこにある。封じられただけだ。深夜、日付が変わるころになると、あの階が『開こう』とする。エレベーターが、迎えに行こうとするんだ。ボタンを押した者を」

背筋が凍った。「押したら、どうなるんですか」

管理人は、俺の目をまっすぐ見た。

「帰ってこられん。今まで何人も、消えた。みんな、深夜に残業してた連中だ。工事で死んだ三人が、寂しがってるのさ。仲間を、あそこに引きずり込もうとしてる」

田口の顔が浮かんだ。あいつはボタンを押していない。それなのに。

「押してなくても、消えることが……」
「触れただけでもだめだ」管理人はうなだれた。「一度でも指が触れたら、目をつけられる。あとは、少しずつ、あっち側に引き寄せられていく」

俺は、あの夜、田口がボタンに触れかけたのを思い出していた。俺が腕をつかんだ、あの瞬間を。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール