火曜の夜、みなと橋の角。それが私たちの、暗黙の約束になった。
男は決まって同じ場所に立っていて、私は決まってそこで停まる。行き先はいつも岬の灯台。二十分ほどの道のりを、私たちはたいてい黙って走った。
三度目のとき、赤信号で停まったついでに、私は思いきって聞いてみた。
「毎週、灯台に何をしに?」
男はしばらく黙って、それから言った。
「昔、あそこで約束をしたんです。誰かと」
それ以上は言わなかったし、私も聞かなかった。誰か、という言い方に、触れてはいけない何かがある気がした。
「運転手さんは、どうして夜だけ?」
逆に聞かれて、私は少し笑った。
「昼間の街が、苦手なんです。みんな急いでて、まぶしくて。夜のほうが、人が本当のことを話す気がして」
「わかる気がします」
男はそう言って、窓の外を見た。
それからは、少しずつ言葉が増えた。今日はよく晴れているとか、あの店がまた閉まったとか、そんなたわいのないことばかり。でも、深夜の車内で交わすたわいのない言葉には、昼にはない重さがあった。
名前も、仕事も、知らないままだった。私は彼を「灯台さん」と心のなかで呼んでいた。
灯台に着くたび、男は海へ歩いていき、光が三回まわるくらいの間そこに立って、戻ってくる。帰りは乗らない。いつも歩いて帰ると言った。
ある夜、私は思わず言ってしまった。
「帰りも、待ってましょうか」
男は驚いた顔をして、それから、少しだけ困ったように笑った。
「……いいんですか。メーターは、止めておいてください」
その夜、私は初めて、誰かのために夜の海を眺めた。白い光が、私たちの間を規則正しく行き来していた。
言葉はなかった。でも、寒くはなかった。