第10話: 誰もいない場所で

気がつくと、俺は歩道に倒れていた。

作業員が駆け寄ってきて、「大丈夫か!」と叫んでいた。ビルの中に人がいたことに、彼らはようやく気づいたらしい。俺は瓦礫の隙間から、間一髪で脱出したのだ。

擦り傷だらけだったが、命はあった。俺は、生き延びた。

病院で手当てを受けながら、俺は空を見上げた。よく晴れた、青い空だった。あの子たちは、無事に帰れただろうか。母親の待つ、家へ。

数日後、俺は取り壊しの終わったビルの跡地を訪れた。更地になった土地には、もう何の気配もなかった。ドアも、教室も、足音も。すべてが消えていた。

静かだった。ただ、静かだった。

跡地の隅に、小さな花が一輪、咲いていた。誰も植えていないはずの、名も知らぬ白い花。俺はそれを、しばらく見つめた。

その夜、俺は久しぶりに深く眠れた。夢の中に、子どもたちが出てきた。全員、顔があった。笑っていた。それぞれの母親に手を引かれて、明るい家へ帰っていく後ろ姿。

一番小さな子だけが、振り返って、俺に手を振った。

「おにいさん、ありがとう」

目が覚めると、頬が濡れていた。

俺は今、別の仕事をしている。もう夜間警備はしていない。だが、時々、夜中にふと目が覚めると、二時間おきに時計を確認する癖が抜けない。

あのビルはもう、ない。数えるべきドアも、もう、ない。

それでも、俺は今夜も時計を見る。午前一時。異常なし。

どこか遠くで、あの子たちが、今も安らかに眠っていることを願いながら。

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