第3話: 眠れない理由

「土星さん」と会うのは、いつも夜の十一時を過ぎてからだった。

私は看護師で、日勤と夜勤が不規則に入れ替わる。体内時計がいつも少しずつ狂っていて、休みの前夜でも、なかなか眠れない。屋上で星を見るのは、そんな崩れた夜をやり過ごすためのおまじないのようなものだった。

ある夜、彼がふいに聞いてきた。
「どうして眠れないんですか」
「仕事のリズムがめちゃくちゃなんです。夜働いて、朝に眠って。体は疲れてるのに、頭が休み方を忘れてて」
「大変な仕事ですね」
「たまに、人の最期の時間に立ち会うので。家に帰っても、その日のことがぐるぐる回って消えないんです」

言ってから、重たすぎたかと後悔した。けれど彼は、いやな顔ひとつしなかった。

「星の光って、何万年も前に出たものが、今ようやく届いてるんですよ」
「はい、聞いたことあります」
「だから、僕らが今見てる星は、もうとっくに消えてるかもしれない。それでも光は届く。誰かがちゃんと受け取れば、それはまだ生きてるのと同じだと、僕は思うんです」

その言葉が、胸のどこか固くなっていた場所に、静かに沁みた。

私が看取ってきた人たちの時間も、こうして誰かの中で、光として届き続けているのだろうか。だとしたら、あの眠れない夜の重さも、少しは意味のあるものだったのかもしれない。

「土星さんは、どうして眠らないんですか」

今度は私が聞いた。彼は少し空を見上げてから答えた。
「僕は……夜のほうが、息がしやすいだけです」

それ以上は語らなかった。けれどその横顔に、私と同じ種類の疲れがあることに、なんとなく気づいてしまった。

私たちはきっと、昼の世界でうまく眠れない者同士だ。だから夜の屋上で、星を口実に呼吸をしている。そう思うと、隣にいる彼の存在が、急に近く感じられた。

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