第10話: それぞれの夜

番組が終わって、半年が過ぎた。

僕は、あいかわらず、商店街の「中の人」をやっている。SNSはすっかり評判になり、今では、隣の商店街からも、仕事の依頼が来るようになった。冴えない在宅ワーカーだった僕は、今や、地域では、ちょっとした有名人だ。

毎日、たくさんの人と喋る。八百屋のおじさんと軽口を叩き、パン屋の若奥さんに新作の感想を求められ、猫に、あいかわらず無視される。

夜も、よく眠れるようになった。羊を数えることは、もう、ない。

でも、時々、午前二時に、ふと目が覚めることがある。そんなとき、僕は、あのラジオを思い出す。もう流れない、あのジングルと、毒舌の声を。

キョウコは、番組終了後、局を離れたと聞いた。連絡先は、知らない。生身で会ったのは、公開収録の、あの一度きり。それでも、彼女は、僕の人生を、確かに変えた。

先日、驚くことがあった。商店街の抽選会で、司会を頼まれて、マイクを握ったときのこと。人前で喋るのが、まったく怖くなかった。それどころか、楽しかった。

ふと、客席の後ろに、小柄な、ジャージ姿のおばちゃんが、いた気がした。にやりと笑って、親指を立てている――ような。

目をこすると、もう、いなかった。気のせいだったのかもしれない。でも、僕は、そう思わないことにした。

居場所は、探すんじゃなくて、作るもの。深夜ラジオは、逃げ場としては最高だけど、そこに一生住んじゃダメ。

キョウコの言葉を、僕は、今でも、胸に刻んでいる。

この街には、今夜も、眠れない人が、たくさんいる。かつての僕みたいに、透明だと思い込んでいる人が。

だから僕は、SNSで、毎晩、しょうもない投稿を続けている。誰かの、眠れない夜を、ほんの少しでも、明るくできたらと思って。

キョウコが、僕にしてくれたように。

午前二時。僕は、そっと、目を閉じる。今夜も、よく眠れそうだ。あの毒舌の声を、ちゃんと、覚えているから。(了)

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