三日ぶりに彼がいた。
ガラス戸を押した瞬間、右から二番目の乾燥機の前に座る背中が見えて、私は一瞬、足を止めた。気づかれないように、いつもの窓際――ではなく、彼の教えてくれた暖かい席に座る。
「覚えてたんですね」
彼が本から目を上げずに言った。声に、ほんの少し笑いがまじっている。
「暖かかったので」と私は正直に答えた。
それきり会話は途切れて、二台ぶんのドラムがまわる音だけが店を満たした。回転のリズムがずれて、また重なる。人の心拍みたいだ、とぼんやり思った。
沈黙が気まずくなくて、私はそのことに驚いていた。仕事柄、一日じゅう文字と向き合って、誰とも喋らない日がある。人といると、たいてい何か喋らなきゃと焦る。でもこの人の隣は、黙っていることが会話みたいだった。
彼の乾燥機が先に止まった。取り出したシャツを、彼はその場で丁寧にたたみはじめる。皺を伸ばし、袖を折り、角をそろえる。無骨な指なのに、動きが驚くほどやわらかい。私は缶コーヒー越しに、つい見入ってしまった。
「たたむの、上手ですね」
「仕事で毎日やってるから」
仕事――と口の中でくり返す。何の仕事なんだろう。バターの匂い、粉のついたニット。問いかけたい言葉を、私は缶コーヒーと一緒に飲み込んだ。まだ、聞くには早い気がした。
たたみ終えた彼は、最後に一枚だけ、なぜか私のベンチの端に置いた。ハンドタオルだった。
「風、当たると乾くの早いから。よかったら」
意味が分からず見上げると、彼はもう出口に向かっていた。「濡れた髪」と背中で言う。そういえば私は、シャワーを浴びたばかりの生乾きの髪で来ていた。
ガラス戸が閉まる。私はそのタオルを、しばらく手の中で温めていた。他人の洗剤の匂いがした。優しい匂いだと思った。