私は、決めた。店を救うために、預かったままの忘れものを、少しでも多く、持ち主に返そうと。取りに来る人を待つだけでなく、こちらから、届けに行こうと。
「持ち主のところへ、返しに行っていいですか」私が言うと、うめさんは驚いた顔をした。
「こっちから届けに行くなんて、今までしたことがないよ」
「だからこそ、やってみたいんです。忘れものが持ち主に返れば、その人はきっと、目に見えないものの大切さを、思い出す。そうすれば、この店を信じる人が、また増えるはずです」
うめさんは、しばらく考えて、ふっと笑った。「あんた、いい顔をするようになったね。わかった。棚の札を頼りに、行っておいで」
私は、店の棚から、持ち主の見当がつく箱を選び、一つずつ届けに回った。
《九歳の夏の勇気》は、今は臆病になってしまった青年に。彼は箱を受け取ると、目を輝かせ、「そうだ、俺、昔は木のてっぺんまで登れたんだ」と笑った。
《母のさしいれの味》は、故郷を離れて頑張る女性に。彼女は涙ぐみながら、久しぶりに実家に電話をかけた。
一つ返すごとに、その人が、隣の誰かに、この不思議な出来事を話す。「目に見えないものを、預かってくれる店があるんだ」と。信じる心の輪が、少しずつ、広がっていく。
数週間かけて、私は町じゅうを歩き回った。くたくたになったけれど、心は満たされていた。私が届けた忘れものが、たくさんの人の心を、あたたかくしていくのがわかった。
そして、最後の一つを届け終えて店に戻ると——引き戸は、以前のように、はっきりと、そこにあった。透けてなど、いなかった。
「おかえり」うめさんの声も、姿も、しっかりと戻っていた。「あんたが、たくさんの人の心に、灯をともしてくれたんだね」
私は、へなへなとその場に座り込み、そして、笑った。