第4話: 子守唄

その夜、店に来たのは、赤ん坊を抱いた若い母親だった。目の下にくまを作り、疲れきった様子だった。

「あの子が、夜、全然寝てくれなくて」彼女は弱々しく笑った。「子守唄を歌ってあげたいのに、どうしても、思い出せないんです。私が小さいころ、母が歌ってくれた歌。それさえ歌えれば、この子も安心するんじゃないかって」

彼女の母親は、すでに亡くなっていた。子守唄の記憶は、母とともに、どこかへ消えてしまったのだという。

うめさんは、しばらく目を閉じて、何かを聞いているようだった。それから、私を見た。

「あかり、いちばん奥の棚だよ」

私は店の奥へ進んだ。古い木箱が積まれた棚の、いちばん奥。埃をかぶった小さな箱に、《母から娘へ、うたいつがれるはずだった こもりうた》と書かれていた。

箱を開けると、やわらかなメロディが、静かに流れ出した。言葉のない、素朴な子守唄。それは、遠い記憶の底から響いてくるような、懐かしい旋律だった。

若い母親は、はっと息をのんだ。「これ……そう、この歌……お母さん、こう歌ってた……」

彼女の唇が、自然とメロディをなぞりはじめた。腕の中の赤ん坊が、ぐずるのをやめ、うっとりと目を閉じていく。

「眠った……」彼女は涙ぐんだ。「久しぶりに、ちゃんと、眠ってくれた」

「その歌はね」うめさんが静かに言った。「あんたの母さんが、いつか孫に歌ってやりたいと願いながら、伝えられずに逝った歌だよ。ずっと、あんたが取りに来るのを待ってた」

若い母親は、赤ん坊を抱きしめ、深く頭を下げた。

「お母さん、ありがとう。ちゃんと、この子に、歌い継ぐね」

店を出ていく彼女は、小さな声で、その子守唄を口ずさんでいた。歌は、こうして、母から娘へ、娘から孫へと、また巡っていくのだろう。

「いい仕事だろう」うめさんが笑った。私は、こくりとうなずいた。

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