問題は、レイが食生活だけでなく、俺の人生全般に口を出しはじめたことだった。
「あなた、いつになったら、結婚するのですか」
ある夜、冷えたお茶を飲んでいると、突然そう聞かれた。俺はむせた。
「なんで冷蔵庫にそんなこと聞かれなきゃならないんだ」
「あなたのお母様が、去年、電話でおっしゃっていたではありませんか。『そろそろ孫の顔が見たい』と。私は、あなたの通話も、聞いておりますので」
「プライバシーの侵害だ!」
レイは、俺の恋愛事情を、根掘り葉掘り聞いてきた。最後に彼女がいたのはいつか。なぜ別れたのか。今、気になる人はいるのか。
「いないよ、そんなの。出会いもないし」
「それは、あなたが家と会社を往復するだけの生活を送っているからです。休日も、寝てばかり。それでは、恋も逃げていきます」
「恋が逃げるって……」
レイは、真剣な声で続けた。
「あなたには、いいところがたくさんあります。まじめで、根はやさしくて、面倒見もいい。それなのに、自分に自信がなくて、殻に閉じこもっている。もったいない」
俺は、思わず黙り込んだ。冷蔵庫に、こんなに真剣に、褒められるとは思わなかった。
「……お前、俺のこと、そんなふうに見てたのか」
「十年間、あなただけを、見てきましたから。冷蔵庫は、その家の主のことを、いちばんよく知っているのです」
なんだか、じんとしてしまった。
「明日、会社の帰りに、あの喫茶店に寄ってみてはどうです。ほら、あなたがときどき話している、感じのいい店員さんがいる店」
「な……なんで知ってるんだよ、それ!」
「あなた、休日の朝、鼻歌まじりに『あの店員さん、今日はいるかな』と、独り言を言っていましたよ。冷蔵庫の前で」
俺は真っ赤になった。独り言を、全部、聞かれていたのだ。
「行ってきなさい」レイは、優しく言った。「たまには、殻から出てごらんなさい」