田口が来なくなって、二週間が過ぎた。人事に聞いても「長期の休職」としか教えてもらえない。何度電話をかけても出ないし、家を訪ねても留守だった。
彼のデスクは、そのままになっていた。飲みかけのコーヒー、読みかけの資料。まるで、少し席を外しているだけのように。
俺は、あの夜のことをずっと考えていた。田口はボタンを押さなかった。俺が止めたから。それなのに、なぜ田口だけが。
ある日の午後、田口の携帯から、俺のスマホにメッセージが届いた。心臓が跳ねた。急いで開く。
《じゅうさんかいで まってる》
ひらがなだけの、たった一行。俺は震える指で返信した。《どこにいる? 大丈夫か?》
既読はつかなかった。何度送っても、返事はなかった。
その夜、残業を終えて、俺はふらふらとエレベーターホールに立っていた。階段で帰ると決めていたはずなのに、足がそちらへ向かなかった。田口が、待っている。十三階で。
エレベーターの扉が開く。乗り込む。操作盤の「13」が、いつもより明るく光っている気がした。
行けば、田口に会えるのかもしれない。あいつを助けられるのかもしれない。指が、ゆっくりと「13」に近づいていく。
そのとき、スマホが鳴った。びくりとして手が止まる。着信は——田口の携帯からだった。
出ると、雑音の向こうから、かすれた声が聞こえた。田口の声だった。だが、様子がおかしい。
「……押すな……こっちに、来るな……」
それきり、通話は切れた。俺は弾かれたように「1」を押した。かごが降りていく。俺は操作盤の「13」から、必死に目をそらし続けた。