そのビルは、俺の勤める会社が入る十二階建ての雑居ビルだった。築三十年は超えているだろう、くすんだタイル張りの、どこにでもある古びたオフィスビル。
俺の部署は九階にある。慢性的な人手不足で、残業は当たり前。終電を逃す日も珍しくない。その夜も、俺がフロアを出たのは午前一時を回ったころだった。
消灯した廊下を歩き、エレベーターホールへ。古いエレベーターは一基しかなく、動きが遅い。ボタンを押して、ぼんやり待つ。かごが降りてくる階数表示が、10、9とゆっくり減っていく。
チン、と音がして扉が開いた。乗り込んで「1」を押す。扉が閉まり、かごが下降を始める。9、8、7……。
見慣れた光景のはずだった。だが、ふと操作盤に目をやって、俺は違和感を覚えた。階数ボタンが、いつもより一つ多い気がしたのだ。
目を凝らす。B1、1、2……11、12、そして——12の上に、もう一つ。「13」と刻まれたボタンがあった。
おかしい。このビルは十二階建てだ。十三階なんて存在しない。俺は毎日このエレベーターに乗っている。こんなボタン、今まで一度も見た記憶がなかった。
目の疲れだろう、と思った。連日の残業で、脳が変なものを見せているのだ。かごが一階に着き、扉が開く。俺は逃げるように外へ出た。
夜のひんやりした空気を吸って、振り返る。閉じかけたエレベーターの操作盤を、もう一度確かめようとした。だが扉はもう閉まっていた。
気のせいだ。そう自分に言い聞かせて、俺は駅への道を急いだ。あのボタンのことは、忘れることにした。忘れられれば、よかったのだが。