約束の日まで、私は落ち着かない三日間を過ごした。何を着ていこう。どんな顔で会えばいい。第一声は何て言おう。夜勤の合間にそんなことばかり考えて、同僚に「なんか嬉しそうだね」と笑われた。
満月の夜、私は少し早めに家を出た。運河にかかる古い橋は、街灯がまばらで薄暗い。橋の真ん中に立って、私は月を見上げた。まんまるの月が、水面に長い光の帯を落としていた。
約束の午前二時。彼は、来なかった。
二時十分。二時半。私は橋の欄干にもたれて待ち続けた。風が冷たかった。もしかして、こわくなったのかもしれない。やっぱり会わないほうがいいと思ったのかもしれない。それならそれで仕方ない、と自分に言い聞かせながらも、胸がきしんだ。
三時になろうとしたとき、橋の向こうから、ゆっくりと人影が近づいてきた。私は息をのんだ。
少し猫背の、痩せた男の人だった。年は私より少し上くらい。息を切らして、額に汗を浮かべている。彼は私の前で立ち止まり、なぜか泣きそうな顔で笑った。
「……ごめんなさい。道に迷って。橋、こんなに遠かったなんて」
毎晩、川を挟んで見ていた対岸。歩けば、こんなに時間がかかるものだったのだ。私は思わず笑ってしまった。彼も笑った。
「はじめまして。七階さん」
「はじめまして。対岸さん」
声を聞くのは、初めてだった。想像していたより、ずっとやわらかい声だった。私たちは橋の真ん中で、月明かりの下、しばらくただ向かい合って笑っていた。何も、こわくなかった。