梅雨のある夜、相談所に、暗い影を背負った来客があった。
黒い着物、青白い顔、周りだけどんよりと空気が淀んでいる。疫病神だった。
「相談……いや、やっぱりいい。帰る」
入ってきたそばから、帰ろうとする。
「待ってください」私は呼び止めた。「せっかく来たんですから」
疫病神は、力なく振り返った。
「私が来ると、みんな逃げるんだ。当然だ。私は、災いを運ぶ神だから。相談所の他の神様たちにも、嫌われてる」
そういえば、疫病神が入ってきた途端、奥にいたコン太たちが、そそくさと逃げ出した。
「私は、いつも一人だ。誰も、私に近づきたがらない。……こんな私に、相談する資格なんて、ないよな」
疫病神の悩みは、孤独だった。役目とはいえ、災いを運ぶがゆえに、誰からも避けられる。
私は、少し考えて、お茶を淹れた。二人分。そして、一つを疫病神の前に置いた。
「どうぞ。座ってください」
疫病神が、驚いた顔をした。
「……怖くないのか。私に近づいて、病気になっても、知らないぞ」
「病気になったら、その時考えます。今は、お茶飲みましょう」
疫病神は、恐る恐るお茶を手に取った。ずっと、こんなふうに誰かと向き合ったことがなかったのだろう。手が、少し震えていた。
「あなたの役目、大事だと思いますよ」私は言った。「病気があるから、人は健康のありがたみを知る。あなたがいるから、人は用心して、支え合う。悪いことばかりじゃない」
疫病神は、俯いた。肩が、小さく震えていた。
「そんなこと……言われたの、初めてだ」
「またお茶、飲みに来てください。私は、逃げませんから」
その夜から、疫病神は時々、相談所に顔を出すようになった。相談があるわけじゃない。ただ、お茶を飲みに。
最初は逃げていたコン太たちも、少しずつ慣れて、一緒にお茶を飲むようになった。疫病神は、ぎこちないけれど、笑うようになった。
宇迦さんが、しみじみと言った。
「神様の一番の悩みは、案外、孤独なのかもしれないね」
災いの神にも、居場所ができた。それが、なんだか、嬉しかった。