次の満月まで、私は祖母の家で暮らすことにした。仕事は在宅でできるものに切り替え、この町に留まった。配達人として。
満月の夜、藍色のポストの前に立つと、一通の手紙が投函口から顔を出していた。誰かが、亡き人への手紙を入れていったのだ。
差出人は、町のパン屋の若い店主だった。宛先は、一年前に亡くなった父親。
手紙には、こう書かれていた。『親父、店を継いだよ。でも、あの日、喧嘩別れしたまま逝かせてしまって、ごめん』
私は手紙を胸に抱え、あわいの道へ入った。
道を歩くと、光る手紙が私を導いた。たどり着いたのは、小さなパン屋の前。エプロンをつけた初老の男性が、店先で佇んでいた。
「あの、お手紙です。息子さんから」
男性は驚いた顔をして、手紙を受け取った。読み進めるうちに、その目に涙が滲んでいく。
「馬鹿な息子だ」彼は呟いた。「喧嘩なんて、とっくに忘れてたのに。あいつ、ずっと気にしてたのか」
「返事を、伝えましょうか。私が、息子さんに」
男性は少し考えて、静かに言った。
「――伝えてくれ。『気にするな。店を継いでくれて、ありがとう。お前のパンは、俺のより旨い』ってな」
私は頷いた。胸が熱くなった。これが、配達人の仕事。想いを、繋ぐこと。
月が欠けはじめる前に、私は道を戻った。現実に戻り、翌朝、パン屋を訪ねた。
「昨夜、あなたのお父様に、お手紙を届けました」
若い店主は、最初は訝しんだ。だが、私が父親の言葉を伝えると――「お前のパンは、俺のより旨い」――彼は、その場で泣き崩れた。
「それ、親父の口癖だったんです。俺のパンを食うたびに、悔しそうに、そう言ってた」
本物だと、彼は悟ったのだろう。
「ありがとう。ありがとうございます」
私は、この仕事を継いでよかったと、心から思った。