取り壊しまで、あと三日。
弁当屋の黒板ならぬ、四階の教室の黒板には、日ごとに数字が減っていった。子どもたちが数えているのは、取り壊しまでの残り日数だった。
『あと3にち』
俺は毎晩、見回りを続けた。子どもたちは、もうすっかり俺に懐いていた。五階を通るたびに、彼らは寄ってきて、俺の袖を掴む。冷たい手だった。でも、その冷たさに、俺は不思議と恐怖を感じなくなっていた。
哀れだったのだ。二十年間、暗いビルの中で、出口を探し続けてきた子どもたち。誰にも見つけてもらえず、鎮められることもなく。
「なあ」俺は子どもたちに訊いた。「お前たち、どこに行きたいんだ」
一番小さな子が、俺を見上げた。
「おうち。おかあさんの、いるとこ」
胸が締めつけられた。二十年経っても、彼らはまだ、母親の待つ家に帰りたがっている。
「取り壊されたら、帰れるのか」
子どもは首を横に振った。
「ビルがこわれたら、わたしたち、きえちゃう。おうちにも、いけなくなる」
消える。成仏ではなく、ただ消滅する。それがこの子たちの恐れているものだった。だから必死に、取り壊しの前に出口を探していたのだ。
「じゃあ、どうすれば」
子どもは、俺の手を強く握った。
「おにいさんが、つれてって。そとに。ひとりずつでいいから」
連れて出る。それができるなら。だが、俺は思い出した。ノートに書かれた前任者の言葉、店主の話。逃げ出せなくなる仕組み。
この子たちを外に連れ出すには、代償がいるのではないか。俺自身が、ここに残るという代償が。
黒板の数字が、また一つ減った。
『あと2にち』
俺は決断を迫られていた。子どもたちを救うか、自分が助かるか。時計の針は、止まってはくれなかった。