第6話: 逃げ出せない

俺は辞めるつもりだった。だが、辞められなかった。

管理会社に電話しても、繋がらない。何度かけても、機械音声が「本日の営業は終了しました」と繰り返すだけ。まだ昼間なのに。

家に帰ろうとしても、なぜか足がビルへ向かう。気づけば、また警備室の椅子に座っている。

閉じ込められている。物理的にではなく、もっと巧妙な形で。

その夜、俺は覚悟を決めた。逃げられないなら、やり遂げるしかない。取り壊しの日まで、見回りを続ける。あの子どもたちを、鎮める。

見回りの間隔を、俺は絶対に守った。二時間ぴったり。トイレも我慢し、食事も見回りの合間に済ませた。時計だけが、俺の命綱だった。

何日か経つと、変化が現れた。子どもたちが、俺の見回りを待つようになったのだ。

五階を通ると、顔のない子どもたちがずらりと並んで、俺を見送る。責めるでもなく、すがるでもなく、ただじっと。

俺は勇気を出して、一番前の子に声をかけた。

「大丈夫だ。俺が、ここにいるから」

子どもたちが、いっせいに顔を上げた。のっぺりとした顔に、うっすらと、口元が微笑んだように見えた。

その瞬間、六階のドアが、一つ、消えた。増えるのではなく、減った。初めてのことだった。

鎮まりはじめている。俺の存在が、あの子らを落ち着かせている。

希望が見えた気がした。だが、警備室に戻ると、記録ノートに、俺が書いた覚えのない字が増えていた。

子どものような、たどたどしい字で。

『おにいさん、いっしょにいてくれるの?』
『ずっと?』
『とりこわしのひも?』

俺はペンを取り、震える手で書いた。

『ああ。ずっといる』

書いてしまってから、後悔した。ずっと、とは、いつまでだ。取り壊しの日、ビルと一緒に、俺は――。

ノートに、新しい字が浮かんだ。

『やくそくだよ』

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