翌日、俺は昼間に不動産管理会社へ電話をかけた。前任者のことを訊くためだ。
「ああ、あの人ね」担当者の声は歯切れが悪かった。「体調を崩されて、急に辞められたんですよ。まあ、あのビルは古いですからね。気疲れするんでしょう」
「ドアの数が変わる、とか。そういう話は」
電話の向こうで、一瞬の沈黙があった。
「……佐倉さん。見回りは、ちゃんと二時間おきにしてくださいね。それだけ守ってれば、大丈夫ですから」
それだけ守れば。裏を返せば、守らなければ何かある、ということだ。
夜、俺は懐中電灯を握りしめて見回りに出た。六階のドアは、もう見ないと決めた。数えなければ、増えない。そう信じるしかなかった。
問題は、五階で起きた。
空きテナントの広いフロア。がらんとした床の真ん中に、小さな人影があった。子どもだ。五歳くらいだろうか。こちらに背を向けて、ぽつんと座り込んでいる。
「おい、君。どこから入った」
声をかけると、子どもの肩がびくりと動いた。だが、振り返らない。
俺は近づいた。一歩、また一歩。子どもは俯いたまま、小さな声で何かを繰り返している。耳を澄ますと、それは数字だった。
「いち、に、さん、し、ご……」
何かを数えている。
「なあ、何を数えてるんだ」
子どもが、ゆっくりと振り返った。その顔を見て、俺は凍りついた。
顔がなかった。のっぺりとした肌の上に、口だけが動いていた。
「ドアを、かぞえてるの」口が言った。「おにいさんが、かぞえてくれたから、ふえたんだよ」
俺は悲鳴を上げて、階段へ走った。背後で、子どもの数える声が続いていた。
「ろく、なな、はち……きゅう」
九。六階のドアが、また一つ増えた合図だった。