「花屋こもれび」は、駅の裏通りにある小さな店だ。私はここで三年、花に囲まれて働いている。名前は七海。花のことばかり考えていたら、気づけば二十七歳になっていた。
水曜日の夕方になると、決まって現れる人がいる。紺色のコートを着た、背の高い男性。三十歳くらいだろうか。彼はいつも、たった一輪だけ花を買っていく。
先週は白いガーベラ。その前はスイートピー。今日はかすみ草を一本だけ選んで、レジに持ってきた。束にもせず、リボンも要らないと言う。
「一輪でいいんですか」
つい訊いてしまった。彼は少し驚いた顔をして、それから小さく笑った。
「はい。一輪がちょうどいいんです」
それ以上は何も言わず、代金を置いて帰っていく。ドアベルが乾いた音を立てた。ガラス越しに、彼の背中が夕暮れの人混みに溶けていくのを見送る。
誰かにあげるのだろうか。恋人か、家族か。それとも自分のためか。一輪の花は、贈るには少なすぎて、飾るには寂しすぎる。
私は残ったかすみ草の白い粒を見つめた。花言葉は「清らかな心」、そして「感謝」。彼はそんなことを知っているのだろうか。
店じまいの時間、窓に自分の顔が映る。花のことなら誰よりも詳しいのに、自分の気持ちには疎いままだ。
来週の水曜日、彼はまた来るだろうか。そんなことを考えている時点で、私はもう、少しだけ彼のことが気になっているのかもしれなかった。