第10話(最終話) 終点の先
答えを見つけたのは、偶然だった。
駅の一番奥に、使われていないホームがあった。案内板には何も書かれていなかった。毎日通り過ぎていたのに、今日初めてそれに気づいたのは、何かに導かれているような不思議な感覚があったからかもしれない。リョウはその時、ようやく何かが終わろうとしていることを感じていた。
「あれは何?」とリョウが聞くと、ツキが「分からない。ずっとあるけど、誰も乗ったことがない」と言った。
彼女の声には、珍しく戸惑いがあった。ツキはいつも、この夢の駅について知ったかぶっていた。でも今、彼女も同じ謎に直面していたのだ。そのことが、なぜかリョウを安心させた。
「乗ってみよう」
「何が来るか分からない」
ツキの返答は不安そのものだった。リョウだって、本当は怖かった。この駅に来てから何度も見た列車は、いつもどこかへ連れていき、そしていつも現実に戻してきた。でも、あの黒い霧の中で迷いながら目覚める瞬間が、最近になって苦しくなっていたのだ。毎晩、現実と夢の狭間で引き裂かれるような痛みを感じていた。
「一緒に乗れば大丈夫」
リョウはそう言って、ツキの手を握った。彼女の手は冷たかった。いつもより、もっと冷たい。それは、ツキも何か大切なものが終わろうとしていることに気づいているのではないか、そう感じさせた。
列車が来た。古くて静かな車両だった。
それは今まで見たどの列車とも違っていた。それらは新しく、光を放ち、走る音も派手だった。でもこの列車は違う。木製の車体は時間の重みを感じさせ、窓は薄く濁っていた。それでも、どこか懐かしい温もりがあった。まるで、子どもの頃に乗った列車のような。
乗り込むと、窓の外が白くなった。
その白さは霧ではなく、光だった。やさしい光が、静かに車窓を満たしていった。列車は音もなく進む。時間の感覚が曖昧になっていく。リョウは自分たちがどこへ向かっているのか分からなかった。でも、それが怖くはなかった。ツキが隣にいるから。彼女の存在が、全てを安心へ変えていった。
終点に着いた。そこはどこでもなかった。ただ、明るかった。
駅のホームではなく、プラットフォームでもなく、単なる白い空間だった。でも、立つことはできる。息をすることもできる。そこにはリョウとツキが存在している。その事実だけが、この場所を現実たらしめていた。
ツキが「……外だ」と呟いた。
彼女の声は不思議な響きを持っていた。喜び、悲しみ、安堵、それらが入り混じった声。リョウは彼女の顔を見た。彼女の目には涙があった。
外、というのは現実ではなかった。でも夢でもなかった。どちらでもない、どちらでもある場所。
ここは、もう戻れない場所。そしてそれでいいのだと、二人は同時に理解した。現実の世界では、きっと何かが終わっているのだ。朝の目覚めはもう来ないかもしれない。でも、それを悲しむ必要はなかった。なぜなら、二人は同じ夢を見続けることができるから。終わりのない、ただ二人だけの夢を。
「ここなら、いられる気がする」とツキは言った。
その言葉は、問いかけではなく、確認だった。ツキは既に、ここが終着駅だと知っていたのかもしれない。そして待っていたのだ。リョウがここにたどり着くのを。
リョウは毎晩眠るたびに、その終点に来た。ツキはいつもそこにいた。
白い空間の中で、二人は手をつないだ。列車はもう来ない。この先、旅立つことはない。ここが、二人の場所だから。朝焼けも夕焼けもない、けれど温かい光に満ちた場所。そこでリョウは、初めて心が落ち着いているのを感じた。
それが、二人の場所になった。
駅の奥底、誰も知らないホームの先。現実と夢の終着地点。そこで、二人は永遠を選んだ。
──(完)