第8話 動画を送った
田村さんに、動画を送った。
0.3秒の映り込みだけを集めて、繋いだもの。手を上げて、こちらを見て、笑っている。その一連の動作を何度も何度も見返し、編集ソフトで丁寧に抽出した。画質は決して良くない。むしろノイズが多く、ぼやけている部分もある。だが、確かにそこに何かがいる。誰かがいる。その確信を持ってサキは送信ボタンを押した。
返信は来なかった。
サキは携帯を握ったまま、何度も画面を確認した。送信完了の表示は出ている。間違いなく届いているはずだ。でも、返信はない。田村さんはまだ動画を見ていないのかもしれない。あるいは、見たけれど返す言葉が見つからないのかもしれない。サキ自身、この動画をどう説明したらいいのか分からない。「あなたの娘さんが映っています」と簡単には言えない言葉だ。
次の日も来なかった。
サキは仕事中も上の空だった。動画を送ったことを後悔し始めた。もしかして、この動画で余計に傷つけてしまったのではないか。確認されていない存在を、動画という形で突きつけることの重さを、送ってからようやく実感した。夜中に、送った動画を削除しようかとも考えた。だが、もう遅い。データは相手のもとにある。
送りすぎたかもしれない、と思い始めた頃、三日後にメッセージが届いた。
「何度も見ました。みんなに、信じてもらえなかったので、ずっと一人で抱えていました。あなたが見てくれてよかった」
その文字を読んだとき、サキは息を止めた。三日間の沈黙は、責めるものではなかった。それは、田村さんが動画と向き合う時間だったのだ。何度も見返し、その中に娘を探す時間。誰にも言えなかった想いと、ようやく誰かに見てもらえた喜びが、このメッセージに詰まっていた。
そして、次の一行がサキを震わせた。
「娘の名前は、ひかりといいます」
初めて聞く名前。でも、その瞬間サキは知った。この子は確かに存在していたのだ。存在していて、親に愛されていて、今もこの世界のどこかにいるのだ。ひかり。光。その名前は如何にも、映り込みという現象と相性が良かった。光そのもののように、短く、儚く、でも確かに存在する存在。
サキは部屋の中を見回した。
いつものように静かな部屋。テレビの画面には、何も映っていない。だが、今は違う感覚があった。何かがここにいるかもしれない、という感覚ではなく、何かがここにいるんだという確信に近い感覚。サキは深呼吸をして、静かに呟いた。
「ひかりちゃん」
声に出すことで初めて、その名前は実体を得た気がした。誰かの娘で、誰かに愛されている子。その子が、この部屋に何かの形で存在しているかもしれない。そう思うと、部屋の見え方が変わった。
その夜の動画の映り込みで、ひかりは両手を振っていた。
いつもの動画。何度も見返した映像。だが、今は違った。サキは動画を再生し、その0.3秒を凝視した。確かに、両手が上がっている。そして、その動作は──挨拶のようにも見えるし、呼びかけのようにも見えた。手を振る。それは、ここにいるよ、と伝える唯一の方法かもしれない。
サキは動画をもう一度見た。ひかりの手が振られるたびに、サキの胸に何かが響いた。
──(第9話へつづく)