本の余白に 第4話「積み重なる言葉」

第4話 積み重なる言葉

別の本の余白には、もっと多くの言葉があった。

最初にそれに気づいたのは、ページをめくる手が止まったときだ。鉛筆で書かれた文字が、びっしりと欄外を埋め尽くしていたのだ。最初の本よりも圧倒的に多い。あたかも誰かが、この物語と対話するように、その思いを紙に刻み込み続けたかのように。

物語の登場人物への突っ込みもあれば、自分の話もあった。

『この場面、実際にやったことある。恥ずかしかった』──主人公が友人に気持ちを伝えられない場面の横に、こんなメモがあった。その下には矢印があり、続けてこう書かれていた。『あのとき、もし言ってたらどうなってたんだろう』。

『なんでみんな素直に言えるんだろう。俺には無理だ』──別のページには、こんな自問が。多分この本の持ち主は、素直さというものに、ずっと葛藤してきたのだろう。その言葉の端には消しかけた跡があり、一度は言葉を隠そうとしたのかもしれない。でも最終的には残されている。

『でもこの結末は好き。こういう終わり方がいい』──最後から二番目のページに、そう書かれていた。それまでのモノローグと違い、この一文には強い肯定の力がある。句点の後ろまで、丁寧に線を引いて強調されていた。

私は本を膝の上に置いて、しばらく考えた。

断片的で、脈絡がなくて、でもなんとなく一人の人間が見えてきた。素直に言えない人間。遅すぎると思っている人間。後悔と現実のあいだで揺らいでいる人間。でも、ちゃんと「好き」を持っている人間。

その人は恐らく、完璧な人生を求めてなどいない。ただ、失敗した自分を赦すことができず、今この瞬間も、どこかで後悔を抱えながら生きているのだろう。それなのに、この本の物語の終わり方には「好き」を感じることができる。そこには何か大切なものが隠れていた気がした。

窓の外を見ると、午後の陽射しが傾いていた。古い図書館の静寂の中で、私は何度も余白を読み返した。

『返事を書こうか』──そんな衝動が何度も湧き起こった。

『あなたの素直さは、こんなにちゃんと伝わってますよ』と。『遅くなんてない』と。『好きを持ってるあなたは、十分素敵です』と。

でも、その衝動は何か違う気がした。これは誰かの秘密の独り言であり、この人は返事をもらうために書いたのではなく、自分の心と向き合うために書いたのではないか。そこに割って入るのは、それほど優しいことではないのかもしれない。

代わりに一番最後のページの余白に、一言書いた。

『この終わり方、私も好きです』

鉛筆を置いて、その文字を眺めた。短い。でも、それで十分だと思った。同じものを好きになった誰かがここにいること。その静かな共感が、もしかしたら相手に届くかもしれない。あるいは届かないかもしれない。だけど、少なくともそこに痕跡は残るのだ。

本をそっと閉じ、返却期限を確認した。もう五日しかない。その間に、他に誰かがこの本を手に取るだろうか。それとも、そのまま本棚に帰るだけだろうか。

いずれにせよ、今この瞬間、見知らぬ誰かと、この古い本を通じて繋がった気がした。言葉の余白に積み重なった思いたちが、静かに、でも確かに、私たちを結んでいるような気がした。

──(第5話へつづく)

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