眠れない君へ 第7話「気持ちの自覚」

第7話 気持ちの自覚

好きだと気づいたのは、昼間のことだった。

大学の購買で偶然涼花を見かけた。深夜以外で見る彼女は、知らない人みたいだった。サークルの友達と笑っていて、僕には気づいていなかった。声をかけられなかった。かける理由がなかった。

その時の涼花は、いつもの彼女ではなかった。深夜にLINEでやり取りする時の、どこか疲れた表情も、ぼんやりした返答もない。代わりにあったのは、弾むような笑い声と、生き生きとした瞳だった。

僕は購買の本棚の陰に隠れるようにして、彼女たちを見つめていた。やることといえば、それくらいだった。自分の行動が不自然だと気づきながらも、視線を逸らすことができなかった。涼花が何を話しているのか、友達が何を言っているのか、まるで聞き取れなかった。ただ、あの笑顔を見つめていた。

やがて彼女たちは購買を出ていった。僕は棚の間から、彼女たちの後ろ姿を追った。廊下の角を曲がり、やがて視界から消える。その時、ようやく気づいた。自分が胸を揺らされていることに。

僕と涼花は「深夜に話す間柄」であって、昼間の関係はない。それは最初から分かっていたはずだった。彼女は夜に眠れず、その孤独を僕にぶつける。僕はそれを受け止める。そういう関係だと思っていた。でも、あの購買での光景は、僕の中に新しい感情を生み出してしまった。

帰り道、僕は重い足を引きずっていた。あの笑顔は知らない笑顔だと思った。あの時間の涼花は、僕の知らない涼花だと思った。そして、その「知らない涼花」が、昼間の世界で、誰かと一緒にいることが。そのことが、やけに耐えがたく感じられた。

それが嫌だった。強く。深く。

「嫌だ、か」と自分で呟いて、少し笑ってしまった。

駅のベンチに腰を落ろしながら、その意味をゆっくり咀嚼した。昼間の涼花を見たくない気持ち。彼女が他の誰かと笑っているのが嫌だという気持ち。その感情の正体は何か。答えは、すでに分かっていた。

これは好きということだ。シンプルに。

深夜の時間だけを共有していた彼女のことを、昼間も独り占めしたいと思う心情。それは、紛れもなく恋だった。

だが同時に、別の感情も渦巻いていた。今の関係を壊したくないという気持ちだ。涼花にとって深夜の時間が「楽な場所」だとすれば、そこに恋愛という重い感情を持ち込むのは違う気がした。彼女が求めていたのは、恋人ではなく、同じ夜に浮かぶ誰かだったのではないか。僕がそこに気持ちを上乗せすることで、彼女の逃げ場を奪うことになるのではないか。

そういった不安が、頭をぐるぐる回った。

どうすればいいのか、分からなかった。

スマートフォンを手に取り、涼花とのLINE画面を開いた。過去のやり取りが、何百件と積み重なっていた。深夜に交わした他愛もない会話。時に真剣な悩みの相談。その一つ一つが、今では不思議な色合いを帯びて見えた。

その夜、涼花から「眠れない」とLINEが来た。

いつもの言葉だった。いつもの時間だった。でも、今は違った。

「俺も」と返した。いつも通りの言葉が、少し違う重さを持っていた。

画面に表示される「相手は入力中です」の文字。その間に、僕の心臓は大きく脈動していた。これからはじまるやり取りが、今までと同じではないことを、僕は知っていた。知ってしまっていた。

なぜなら、もう僕は知ってしまったから。涼花のあの笑顔を。昼間の彼女を。そして、その全てが欲しいという自分の気持ちを。

──(第8話へつづく)

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