壁の向こうの声 第6話「夢か現実か」

第6話 夢か現実か

その夜、いつの間にか寝ていた。疲れていたのだろう。ベッドに倒れ込んでから、どのくらい時間が経ったのか、まったく覚えていない。気がつけば、深い眠りの中にいた。

夢を見た。廊下に立っていた。自分の部屋と同じような白い壁が続いている廊下だ。隣の部屋のドアが少し開いていた。中は暗かった。漆黒の暗さではなく、奥行きのある暗さ。どこまで続いているのか分からない暗さだった。

ドアの隙間から、指が見えた。細い指が、ゆっくりとドアを引いている。一本の指ではなく、複数の指が、まるで何かを掴むように動いていた。その動きは意思的で、目的があるようだった。

「入ってきちゃダメだ」と思って動けなかった。自分の足に力が入らない。叫びたいのに声が出ない。そんな恐怖感に襲われながら、ただドアの隙間を見つめていた。指はドアを少しずつ開け続けた。冷たい音もなく、静かに、静かに。やがて手首が見える。腕が見える。肩が見える。

顔が見えそうになった瞬間、目が覚めた。

心臓が高鳴っていた。額には汗が滲んでいた。悪夢だ。そう思い込もうとしたが、恐怖感は消えない。夢の中の感覚がまだ、生々しく体に残っていた。

時計を確認した。2時07分だった。真夜中。この時間帯は誰もが眠っている時間のはずだ。窓の外も静寂に包まれていた。街灯の光さえ、今この瞬間は優しく見える。

壁を見た。いつもの白い壁だ。静かだった。今夜は、音がしなかったのか。あの不可思議な声もない。何も聞こえない。ただ深い静寂があるだけだ。

だが、何か違う。目をこらしてみた。

壁の一点が濡れているように見えた。光の加減か、それとも本当に何かが付着しているのか。確認したくなった。ベッドから起き上がり、その部分に近づいて触れると、冷たかった。

濡れてはいない。でも確かに、他の場所と温度が違う。冷気を感じた。手のひらで壁全体を触れると、その一点だけが明らかに低い温度を保っていた。

なぜだろう。壁の向こうはどうなっているのだろう。別の部屋があるはずだが、住人はいるのか。いたとしても、なぜこんな深夜に壁が冷たくなるのか。

スマホで写真を撮った。フラッシュをつけて、その冷たい部分をはっきりと写すように心がけた。

翌朝、写真を見ると、何も映っていなかった。白い壁だけだった。あの冷たさの証拠も、違和感も、何も記録されていない。スマホの画面には、ただの普通の白い壁が映っているだけ。

夢だったのか、現実だったのか、区別がつかなかった。夜中に目が覚めたのは確かだ。でも、その後の出来事はどこまでが本当なのか。もしかして、また夢を見ていたのではないか。そんな疑念が頭から離れない。

一日中、その違和感を抱えたまま過ごした。仕事はあまり進まなかった。何度も壁に触れてみたが、昼間は普通の温度だった。壁紙の質感も、触覚も、すべてが通常だ。

そして、その日の夕方。不動産屋から電話が来た。

「お疲れ様です。少し確認したいことがあるのですが」という前置きの後、担当者は慎重な言葉選びをしながら話を続けた。「実は、前の住人について、少し話があるんです」

電話の向こうの声は、いつもより低く、重みを帯びていた。

──(第7話へつづく)

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