眠れない君へ 第6話「涼花の過去」

第6話 涼花の過去

二度目のデニーズで、涼花は少しだけ昔の話をした。

店内の隅の席には、この時間帯ならではの静けさが満ちていた。午前二時を過ぎた頃で、客はまばらで、店員たちもどこか眠そうな表情をしていた。涼花はアイスティーのストローをゆっくり回しながら、視線を下に落としていた。

高校のとき、仲の良かった友人グループがある日突然解散したのだという。理由は話してくれなかったけど、「誰かが誰かを傷つけたわけじゃない。ただ、なんとなく、居場所がなくなった」と言った。その言葉は静かでありながらも、どこか重い響きを持っていた。

僕は涼花がそう言うまでの間、沈黙を尊重することにした。何か言葉を返そうとしても、それは野暮なことのように思えた。グラスの氷が音を立ててぶつかる音だけが、二人の間を満たしていた。

「それからかな、人といるのが少し苦手になった」と涼花は続けた。声は小さかったが、確かに僕に届いていた。

僕はそれをどう受け取ればいいのか、一瞬考えた。苦手になった、という言葉の重さ。それは単なる気分や気まぐれではなく、何かもっと根深いものらしかった。

「でも俺と話してるじゃない」と言うと、涼花は少し考えた。その思考の時間は長く、僕はコーヒーをすすりながら、涼花の答えを待った。

「深夜だから、かな。昼間だと緊張する。でも深夜って、なんか素が出る気がして」

その言葉で、ようやく僕は理解した。涼花にとって、深夜は特別な時間なのだ。昼間の世界に存在する様々な圧力や視線から解放される時間。太陽が沈み、世界が静寂に包まれるとき、人間は本来の自分に戻ることができるのかもしれない。

なるほどと思った。深夜限定の関係。それが涼花のルールなのかもしれなかった。その理解に至ったとき、何か一つのパズルがはまったような、そんな感覚があった。

「昼間に会ったことないよね、俺たち」と言うと、「うん」とあっさり返ってきた。その返答は迷いがなく、むしろ当然のことを確認するような素っ気なさがあった。

「会う気ある?」

僕は思わずそう聞いていた。それは単なる好奇心というより、もっと深い欲求から出た言葉だった。これまで深夜だけの関係を続けてきたが、もしかしたら別の側面を見たい、別の時間軸での涼花を知りたい、そんな気持ちがあったのかもしれない。

少し間があった。その沈黙は、これまでの沈黙とは異なる種類のものに感じた。涼花が内的な葛藤を抱えている、そんな風に見えた。

「わからない」と涼花は言った。「今は、こういうのが楽だから」

その言葉には強制力はなかったが、選択の拒否という意思が含まれていた。涼花は深夜という限定的な世界に身を置くことで、何かを守っているのだ。もしかしたら、自分自身を、あるいは僕たちの関係を。

僕は「そっか」とだけ返した。それ以上に何を言えばいいのか、わからなかった。

二人はそこからしばらく黙っていた。デニーズの天井の蛍光灯が均一に光を放ち、遠くでコップを洗う音が聞こえていた。涼花はアイスティーを飲み干し、メニューを眺めるふりをしていた。

帰り際、駐車場に出たとき、ふと思った。深夜限定の関係に、僕はもう収まれなくなっているかもしれない。

それは気づかぬうちに進んでいた変化なのかもしれなかった。最初は深夜という枠組みに満足していた。むしろそれが新鮮で、特別に感じられていた。だが今、その限定性が僕を息苦しくさせ始めていた。

朝焼けが始まる前の空を見上げた。暗い紫色のグラデーション。やがて明け方へ向かう景色。その時間の流れの中で、僕たちの関係も何かしら変わっていくのかもしれない。

涼花を見ると、彼女はまだ何か考えているような顔をしていた。

──(第7話へつづく)

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