壁の向こうの声 第3話「前の住人」

第3話 前の住人

不動産屋で少し話を聞いた。雑談のように切り出すのがコツだと思った。

「あのマンション、隣の部屋って長く空いてるんですか?」

担当者の表情が、かすかに変わった。

「そうですね……少し前まで入居されてた方がいたんですが、急に退去されまして」

「急に、というのは?」

「詳しくは言えないんですが……その方、体調を崩されたみたいで。引越し先は教えてもらえなかったです」

体調。深夜に壁を叩く習慣のある人間が、体調を崩した。

「名前とか、どんな方だったか聞いてもいいですか?」と言うと、担当者は「個人情報なので」と断った。当然だった。

一つだけ分かったのは、前の住人は「若い女性」だったということだ。担当者が資料を取り出した際、ちらりと見えた申込書の備考欄に、そう書いてあった。

若い女性が、深夜に壁を叩いていた。

そして急に退去した。

その夜も2時になった。3回、壁が鳴った。

今度は、1回だけ叩き返した。

しばらく後、2回返ってきた。

──(第4話へつづく)

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール