既読が、つかない。
午前4時12分。送信済みのマークだけが、じっと僕を見ている。
内容は「起きてる?」の四文字だ。送ったあとすぐに後悔した。深夜4時に「起きてる?」なんて、何を期待しているんだという話だ。
僕の部屋は真っ暗だった。ベッドの上で天井を見つめたまま、もう三時間近く経っていた。朝方の冷えた空気が、窓の隙間からそっと入り込んでくる。スマートフォンの画面の光だけが、僕の顔を青白く照らしていた。
涼花と知り合ったのは三ヶ月前、共通の友人の飲み会だった。隣に座って、お互いハイボールを頼んで、それだけで何となく話が続いた。帰り際に「また飲みましょう」と言ったのは彼女の方だった。彼女の目は、暗いバーの照明の中でもどこか透き通っていて、僕はそれ以来、何度もその時の会話を思い出した。
それ以来、たまにLINEをする。たまに、がだんだん増えていって、今では毎晩している。でも会えていない。仕事が忙しい、疲れているという理由で、何度も約束は延期になった。画面越しの彼女とは毎日繋がっていて、それなのに、手の届かない遠くに感じられた。
既読がついたのは4時47分だった。
「起きてるよ」
それだけ。
僕の心臓は大きく高鳴った。返信を待っていたわけではない。いや、待っていたのだ。深夜4時に返信をくれる人が、他にいるはずがない。
「眠れないの?」と僕は打った。親指が少し震えていた。
少し間があって、「うん」と返ってきた。
「俺も」
また間。今度は少し長い。長い間が、また別の意味を生み出すような気がした。彼女も眠れずに、誰かに話しかけたい気分だったのか。それとも、違う理由があるのか。
「なんで眠れないの」
正直に言おうか迷った。君のことを考えていたから、と。君の顔が思い出せるまで、君との会話を反芻していたから、と。
「わからない」と送った。嘘ではなかった。本当のことと嘘が混ざっているのが真実なんて、都合のいい言い方かもしれない。
「ねえ」と彼女が送ってきたのは5時を過ぎた頃だった。
画面を見た瞬間、時間が止まった気がした。
「今度、眠れない夜に会わない?」
僕はしばらく画面を見つめた。スマートフォンを握った手に力が入った。窓の外では、夜明けが近づいていた。薄紫色だった空が、少しずつ紺色になり、やがてほのかな藍色へと変わり始めている。その色の変化を見ながら、僕は何度も同じ文を読み返した。
眠れない夜に会う。それはただの約束ではなく、何か別の意味があるように思えた。眠れないほどに思い詰めたものを、二人で共有することになるのではないか。顔を合わせたら、LINEの画面の向こうではわからないことが、すべて明らかになってしまうのではないか。
でも、それ以上に、会いたかった。この三ヶ月間、毎晩LINEをしながらもどかしく感じていた、その想いがすべてを上回った。
「いつでも」と送った。
既読は、すぐについた。
画面の向こうで、涼花も同じように朝焼けを見ているのだろうか。同じように眠れずに、同じようにスマートフォンを握りしめているのだろうか。そう思うと、深夜4時の暗い部屋の中で、僕の胸は不思議な温かさに包まれた。
外はもう、完全に夜ではなくなっていた。