ゴンドラの窓の外に、莉子が見たのは――笑っている、自分の姿だった。
七年前。莉子には、結婚を考えた恋人がいた。だが、彼の転勤についていくかどうかで悩み、結局、莉子は仕事を選んで、彼と別れた。
窓に映っていたのは、あのとき、彼についていった「もう一人の莉子」だった。
知らない街の、小さな一軒家。庭には、洗濯物が干してある。台所で、もう一人の莉子が、料理をしている。その足元で、小さな子どもが、まとわりついていた。
「ママ、おなかすいた」
子どもの声が、聞こえた気がした。
もう一人の莉子は、笑いながら子どもを抱き上げた。玄関の扉が開いて、あのときの恋人が、疲れた顔で、けれど幸せそうに帰ってくる。
「ただいま」
「おかえり」
あたたかい、家庭だった。莉子が、選ばなかった人生。
莉子の目から、涙がこぼれた。
これを、選ぶこともできたのだ。あのとき、仕事ではなく、彼を選んでいれば。今ごろ、あの家に、あの笑顔の中に、自分がいたのだ。
ゴンドラは、ゆっくりと頂上へ向かっていく。窓の景色も、少しずつ移り変わっていった。
もう一人の莉子の、その後の日々。子どもの入学式。家族旅行。夫婦げんか。それでも、寄り添って眠る夜。
どれも、あたたかくて、まぶしかった。
でも――ゴンドラが頂上に近づいたとき、莉子は、あることに気づいた。
もう一人の莉子は、ときどき、ふと手を止めて、窓の外を眺めていた。その目には、かすかな翳りがあった。
「あのとき、仕事を続けていたら」
もう一人の莉子の、心の声が、聞こえた気がした。
「わたし、どんな自分になれていたんだろう」
莉子は、はっとした。
あちらの莉子もまた、選ばなかった人生を――こちらの莉子の人生を、思い描いていたのだ。