「選ばなかった人生、って」莉子は、かすれた声で聞いた。「本当に、見えるんですか」
「はい」青年はうなずいた。「あなたが人生のどこかで選ばなかった道。もしそちらを選んでいたら、今、どうなっていたか。ゴンドラの窓に、それが映ります」
莉子は、乗り場から観覧車を見上げた。ゆっくりと回るゴンドラは、闇の中で、それぞれ淡く光っていた。
「でも、なんで、わたしに」
「この観覧車は、迷っている人にだけ見えるんです」青年は言った。「今の自分の人生に、心のどこかで『これでよかったのか』と問いかけている人に」
図星だった。莉子は、毎晩そう問いかけていた。あのとき、こうしていれば。あの選択さえ、間違えなければ。
「乗る前に、ひとつだけ、お伝えします」青年は、真剣な目で言った。「ゴンドラで見えるのは、あくまで『もしも』です。それが本当に幸せかどうかは、わかりません。そして――」
彼は、少し言いよどんだ。
「見たあとで、後悔する人もいます」
莉子は、迷った。見たかった。でも、怖かった。
「あなたは、なんでここにいるんですか」莉子は、逆に聞いた。「案内係、って言いましたけど」
青年は、少し驚いたように目を見開いた。それから、遠くを見るような目をした。
「僕は……ここで、みんなを見送る係です」
「見送る?」
「乗って、降りて、それぞれの人生に戻っていく人を。ずっと、見送ってきました」
その言葉には、どこか、深い寂しさがにじんでいた。
莉子は、ふと、この青年もまた、何かを「選べなかった」人なのかもしれない、と思った。
「わたし、乗ります」莉子は、決心した。「見なかったら、きっと一生、後悔するから」
青年は、静かにうなずいた。そして、ゴンドラの扉を開けた。
「では、いってらっしゃい。ゴンドラが一周する間だけ、もう一つの人生が見えます。窓の外を、よくご覧ください」
莉子は、ゴンドラに乗り込んだ。扉が閉まる。
ゴンドラが、ゆっくりと、空へ昇り始めた。
眼下に、光る遊園地が広がっていく。そして――窓の外の景色が、少しずつ、別のものに変わり始めた。