第3話: 上には誰もいない

管理会社の煮え切らない態度に、真央は自分で確かめることにした。

休日の昼間、彼女は屋上へ続く階段を上った。四階の廊下の突き当りに、金属製の扉がある。押してみると、たしかに施錠されていて、びくともしなかった。

扉の脇に、小さな窓があった。中を覗くと、階段が屋上へと続いているのが見える。埃が積もり、長い間、人が通った形跡はなかった。

本当に、誰もいない。

では、あの足音と声は、何なのか。

真央は、隣室の四〇一を訪ねてみることにした。同じ階の住人なら、あの音を聞いているかもしれない。

インターホンを押すと、しばらくして、白髪の老婆が顔を出した。

「あの、隣に越してきた者です。夜中に、上の階から音がして……何かご存じないかと」

老婆は、真央の顔をじっと見た。それから、しわだらけの手で、真央の腕をつかんだ。

「聞こえたんだね」

低い、しわがれた声だった。

「あんた、名前を呼ばれてないかい。夜中に」

「名前……は、まだ。でも、部屋番号を数える声が」

老婆は、ふう、と長い息を吐いた。

「番号のうちは、まだいい。番号が終わったら、次は名前だよ。名前を呼ばれた人から――いなくなる」

「いなくなる、って」

「消えるのさ」老婆は真央の腕を、さらに強く握った。「引っ越したんじゃない。夜逃げでもない。ある朝、部屋が空っぽになってる。荷物ごと、ぜんぶ。その人が、最初からいなかったみたいにね」

真央は、ぞっとした。

「だから、この部屋は空きが多い」老婆は言った。「家賃が安いのも、そのせいさ。すぐに、いなくなるからね」

「じゃあ、どうすれば」

老婆は、真央から手を離した。

「呼ばれないように、祈るしかないよ」

そして、扉を静かに閉めた。

真央は、廊下に一人、立ち尽くしていた。屋上の扉の向こうから、昼間だというのに、かすかに冷たい風が流れてくる気がした。

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