翌朝、真央は寝不足の頭で会社へ向かった。
昨夜のことは、疲れが見せた幻聴だと思うことにした。引っ越しでへとへとだったのだ。そういうこともある。
しかし、その夜も、同じことが起きた。
午前二時五十八分、頭上でコツ、コツと足音が響いた。そして午前三時ちょうど、あの声が始まった。
「……いち……に……さん……し……」
真央は、今度は逃げずに耳を澄ませた。数を数えている。それは間違いない。だが、よく聞くと、単なる数字ではなかった。数字のあとに、何か言葉が続いている。
「……いち、ごうしつ……に、ごうしつ……」
号室。部屋番号を、読み上げている。
背筋が凍った。
このマンションは、各階に五部屋。四階建てなので、全部で二十室ある。声は、その部屋番号を、一つずつ数え上げているようだった。
「……よん、まる、いち……よん、まる、に……」
四〇一、四〇二――。
真央の部屋だ。
声が「よん、まる、に」と読み上げた瞬間、頭上の足音が、ぴたりと真央の真上で止まった。
息ができなかった。
しばらくの沈黙のあと、声は続きを読み上げていった。四〇三、四〇四、四〇五。二十室すべてを数え終えると、声はやんだ。
真央は、朝まで一睡もできなかった。
翌日、彼女は管理会社に電話をかけた。上の階、つまり屋上に、誰か出入りしていないか。何か設備の点検でもあるのか。
「屋上は施錠されていて、鍵は当社で管理しています」担当者は言った。「勝手に人が入ることはありません」
「じゃあ、夜中に足音や声がするのは」
電話の向こうが、少し沈黙した。
「……四〇二号室の方ですね」
「はい」
「あの」担当者は声を落とした。「その、お気持ちはわかりますが、あまり、気にされないほうが」
何かを、知っている口ぶりだった。