服部の「任務」は、日を追うごとに、エスカレートしていった。
その夜の任務書には、こうあった。
『任務・その三 冷蔵庫の闇を、白日のもとにさらすべし』
「闇って、なんだよ」
「そなたの冷蔵庫からは、よからぬ気を感じる」
服部は、すっと僕の冷蔵庫を開けた。そして、絶句した。
中身は、賞味期限の切れた調味料、いつ買ったか思い出せないビール、緑色になった何か、そして、化石と化したチーズ。
「……これは、ひどい」
「うるさいな」
「佐野殿。冷蔵庫は、その者の心を映す鏡。この惨状は、すなわち、そなたの心の惨状」
「心の話にすんな!」
服部は、腕まくりをした。
「本日の任務、変更。冷蔵庫の、大掃除でござる」
そうして、僕たちは、深夜二時から、冷蔵庫の掃除を始めた。緑色の何かを処分し、化石チーズに黙祷を捧げ、期限切れの調味料を並べて供養した。
服部の手際は、驚くほど良かった。あっという間に、冷蔵庫は、ぴかぴかになった。
「なんで、そんなに掃除が得意なんだよ」
「忍びは、潜伏先を清潔に保つのが、鉄則。埃ひとつで、正体が露見するゆえ」
「その知識、現代でどこに需要が」
掃除のあと、服部は、どこからか取り出した食材で、簡単な夜食を作ってくれた。だし巻き卵と、味噌汁。深夜に食べるには、あまりに健康的なメニューだった。
「うまい……」
「であろう。忍び料理は、質素にして滋味深い」
僕は、湯気の立つ味噌汁を、すすった。
冷蔵庫がきれいになると、不思議と、気分も少し軽くなった。心の惨状、なんて言われて、ちょっと、図星だったのかもしれない。
「なあ、服部さん」
「なんでござる」
「あんた、ほんとに、何者なんだ」
服部は、味噌汁をすすりながら、目だけで笑った。
「隣人でござる。それ以上は、任務が済んでから」
はぐらかされた。でも、まあ、いいか。
ぴかぴかの冷蔵庫を眺めながら、僕は、そう思った。