ある火曜、冬野さんは大きな封筒を抱えて乗ってきた。
「これ、見てほしくて」
灯台の駐車場で、彼はそれを開いた。中から出てきたのは、色鉛筆で描かれた絵の束だった。海、灯台、猫、季節の花。どれも、やわらかくて、あたたかい。
「妹の絵です。遺されたスケッチブックを、ずっと持っていて。この絵に、俺が文をつけて、本にしようと思うんです」
私は一枚一枚、丁寧にめくった。妹さんの目に映った世界は、こんなにも優しかったのだと思うと、胸が締めつけられた。
「素敵です。ほんとうに」
「でも、ずっと書けなかった。妹の絵に、俺の言葉なんてつけていいのかって。ずるずる五年です」
「今は、書けそうなんですか」
冬野さんは、少し笑った。
「律さんに会ってから、書けるようになったんです。夜の海を、誰かと一緒に見たら、言葉が戻ってきた」
街灯の光の下で、私はその一枚に見入った。灯台のそばに、小さく二人の人が描かれている絵だった。
「これ、冬野さんと妹さんですか」
「たぶん。あの日の、俺たちです」
私は思わず言った。
「もう一人、描き足してもらえないかな。……私も、隣にいたいから」
言ってから、顔が熱くなった。子どもみたいなことを言ってしまった。
でも冬野さんは、驚いた顔のあとで、とても優しく笑った。
「妹に頼めないのが、残念だな。俺が描いたら、棒人間になる」
「棒人間でも、いいです」
二人で笑った。夜の駐車場に、私たちの笑い声だけが響いた。
帰り道、助手席には妹さんの絵が置かれていた。灯台の光が回るたび、その絵がちらちらと照らされて、まるで生きているように見えた。
本ができたら、いちばんに読ませてください。私はそう約束した。