その夜は、朝から降っていた雨が、深夜になっても止まなかった。
みなと橋の角に、冬野さんは傘もささずに立っていた。びしょ濡れで、それでもいつものように、道の向こうを見ていた。
「風邪ひきますよ」
私はタオルを差し出した。冬野さんは黙って受け取り、髪を拭いた。
雨の夜のワイパーの音は、どこか子守唄に似ている。行儀よく往復するその音に押されるように、冬野さんはぽつりと話しはじめた。
「灯台で約束した相手は、妹なんです」
私はハンドルを握ったまま、続きを待った。
「五年前、二人であの灯台に行って、約束したんです。いつか、本を作るって。妹は、絵を描くのが好きで。俺が文を書いて、あいつが絵を描いて、一冊の本にしようって」
ワイパーが、雨をひとすじ払った。
「でも、その半年後に、妹は病気で。本は、できませんでした」
私は、何も言えなかった。かける言葉なんて、どこにもなかった。
「毎週あそこに行くのは、報告なんです。今週はここまで書いたよ、って。ばかみたいでしょう」
「……ばかみたいなんかじゃ、ないです」
声が震えた。私が失った人のことが、重なった。
「私も、同じです。亡くなった人に、毎晩、心のなかで報告してる。今日はこんなお客さんが乗ったよって。返事なんて、来ないのに」
雨のなか、私たちは灯台に着いた。冬野さんは車を降りずに、しばらく座っていた。
「律さん。今日は、隣に座ってもらえませんか。灯台の下で」
私はうなずいた。
傘をひとつ、二人でさして、海を見た。白い光が、雨の粒をひとつずつ照らして落ちていった。
「妹に、律さんのこと、話してもいいですか」
私は笑って、涙をこらえた。
「もちろん。うんと、いい人だって言っておいてください」