0.3秒の映り込み 第6話「見てほしかった」

第6話 見てほしかった

「最後まで見てください」という言葉が引っかかった。

動画の映り込みを、最後まで。サキはその夜、眠れずにベッドの上で何度もその言葉を反芻した。スマートフォンの画面は、真っ暗になったり、点灯したりを繰り返す。時刻は午前2時を過ぎていた。もう仕事のことは考えないと決めたはずなのに、思考は何度もそこへ戻ってしまう。

翌日、サキはこれまで撮ったすべての動画を、0.3秒の映り込みだけを抽出して並べた。パソコンの画面に、静止画が次々と並ぶ。最初のいくつかは、何もない——または何かあるのかもしれないが、識別できない程度の薄ぼんやりとした影だ。しかし、撮影日が進むにつれて、その輪郭が徐々に明確になっていく。

サキは息を止めて、スクリーンを見つめた。

順番に見ると——動いていた。

最初は背中だけが映っている。次の動画では、その形が少し回転している。そしてまた次では、腕が上がっている。すべてを時間順に並べ替えると、一連の動作が浮かび上がる。少しずつ、映り込みの形が変わっていた。手を上げて、顔が向いて、こちらを見て——

笑っていた。

サキの手が震えた。キーボードから指が離れ、ひとり暗い部屋の中に取り残される。映り込みは、人の子どもの形をしていた。背丈からして、十歳くらいか。もしくは小学校の高学年。輪郭ははっきりしていないが、確かに子どもだ。そして、確かに、笑っている。

怖い、とは思わなかった。

その驚きは、サキを言葉にしがたい感情で満たした。なぜか分からないけれど、怖くなかった。むしろ、その映り込みを見つめていると、胸の奥が熱くなるような感覚さえ覚えた。それは恐怖ではなく、別の何か。喪失感。それとも、共感?

サキは椅子から立ち上がり、部屋を歩き回った。窓の外は夜明け前の静寂に包まれている。街灯の光だけが、アスファルトを淡く照らしていた。自分は何を見ているのだろう。何のために、この映り込みはこれほどまでに徐々に明確になっていくのか。

「見えてるよ」と声に出してみた。

暗い部屋に、自分の声だけが響く。それは呟きなのか、祈りなのか、呼びかけなのか。サキ自身にも判別がつかなかった。

その夜、サキはカメラを置いたままで眠ることにした。いつもは撮影後に電源を切るのだが、このときばかりは違った。朝まで回したままにしておきたいという、強い衝動に駆られた。

翌朝、動画を確認した。

その夜の映り込みで、子どもの形は、うなずいていた。

手を胸に当てながら、確認した映り込みを何度も再生する。疑いの余地はない。子どもは、確かに頷いている。まるでサキの呼びかけに応えるように。

サキは席に座り込み、深く息をした。この子は、ずっと見てほしかったのだ。カメラの向こう側で。映り込みという、ほんの数ミリ秒の隙間で。

「見えてるよ」

サキはもう一度、小さく言った。

今度は、その呟きに返答があるかもしれない。そう思いながら、サキはカメラの方へ目を向けた。

──(第7話へつづく)

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