終電を逃したのは完全に自分のせいだった。それは認める。
認めたうえで言うが、あの駅はおかしかった。
乗り換えのつもりで降りたホームに、見たことのない路線図が貼ってあった。どこにも「出口」の表示がなく、代わりに「入口」と書かれた改札が三つあった。
駅名は「夜半駅」。
聞いたことがない。
改札の向こうには街があった。深夜なのに、あちこちに明かりがついている。屋台、古本屋、小さな映画館、猫が三匹座っている郵便局。
「初めて?」と声をかけてきたのは、駅員らしき老人だった。制服は正しいが、帽子が少し大きすぎた。
「終電を逃しまして」
「みんなそう言う」と老人は言った。「でもね、ここに来る人は終電を逃したんじゃなくて、本当は乗りたくなかった人が多いんだよ」
心当たりがあった。今日会社で、また同じ仕事を任された。また断れなかった。
街を三時間歩いた。古本屋でずっと欲しかった本を見つけた。値段は「気持ち」と書いてあった。僕は会釈で払った。店主は満足そうだった。
夜明け前、駅に戻ると老人がいた。
「帰る気になった?」
「少しだけ」と言ったら、改札に「出口」の表示が現れた。
翌朝、普通に会社に着いた。誰にも何も言わなかった。ただ、また同じ仕事を頼まれたとき、「それは難しいです」と言えた。
小さなことだけど。
夜半駅からもらってきた、たぶんそういう話だった。