年が明けて、春が来た。
佐々木は、正社員として、忙しく働くようになった。以前ほど、深夜のコンビニに来ることは、なくなった。それは、寂しいことでもあり、喜ばしいことでもあった。
ある夜、久しぶりに、佐々木が店にやってきた。
「よお、田村くん。久しぶり」
「佐々木さん! 元気でしたか」
「ああ、忙しくてな。でも、充実してるよ」佐々木は、晴れやかな顔をしていた。「今日は、報告があって、来たんだ」
「報告?」
「俺、結婚するんだ」
田村は、目を丸くした。
「本当ですか! おめでとうございます!」
「相手はな、覚えてるか? あの、母親の入院費で、強盗しようとしてた女の人」
「え、あの人ですか!?」
「あのあと、区役所で相談して、母親も無事に退院してさ。それで、たまたま、また店で会って……いろいろあって、な」佐々木は、照れて頭をかいた。「二人とも、あんたに救われた者同士だ。話が、合ったんだよ」
田村は、しみじみと感動した。まさか、あの二人が結ばれるとは。
「このコンビニは、俺たちの、恩人なんだ」佐々木は、店内を見渡した。「だから、田村くん。あんたには、ちゃんと、お礼を言いたくて」
「いや、俺は、何も」
「あんたが、あの夜、通報しないで、話を聞いてくれた。それだけで、俺の人生は、変わったんだ」佐々木は、まっすぐに田村を見た。「ありがとう、田村くん」
田村は、照れながら、首を振った。
「俺こそ、佐々木さんに、いろいろ、教わりました」
佐々木は、帰り際、振り返って言った。
「あんたも、いつか、この店を卒業する日が来るのかな」
田村は、少し考えて、答えた。
「まだ、当分は、ここにいますよ」田村は、微笑んだ。「だって、また、誰か、道に迷った人が、来るかもしれないでしょう」
佐々木は、にっと笑った。
「そうだな。あんたがいれば、この店は、安心だ」
自動ドアが閉まり、佐々木が去っていく。
田村は、一人になった店内で、あの日もらったマフラーを、そっと巻き直した。
深夜二時。今夜も、コンビニの明かりは、静かに灯り続けている。
道に迷い、追い詰められ、包丁を握ってしまう誰かのために。
そして――「三千円と、人生、釣り合いますか?」と、問いかけてくれる、この場所のために。
自動ドアが、開いた。
「いらっしゃいませ」
田村の、いつもの声が、深夜の店内に、優しく響いた。