第9話 連れていく
リョウは毎晩、夢の駅に来た。
最初のうちは、この奇妙な場所がどういう仕組みになっているのかを理解することに必死だった。しかし今では、その謎を解く動機よりも、ツキと話すのが目的になっていた。駅のベンチに腰かけ、時間が止まったような静寂の中で、彼女と言葉を交わすことが、現実の退屈な毎日よりもはるかに生きている実感をもたらした。
ある夜のこと、リョウはツキに向かって言った。
「もし、ツキを連れて出られたら?」
その言葉を口にしたとき、自分でも意外なほど真摯な声になっていた。これまで何度も頭の中で考えていた問いを、ようやく口に出したのだ。ツキの反応は素早かった。
「それはできない」ツキは即答した。「ルール違反だし、私はここと繋がってる」
「繋がってるのを切ったら?」リョウは食い下がった。
「切れない。というか、切り方を知らない」
ツキの声は淡々としていたが、その奥に何か諦めのようなものが含まれているようにリョウには聞こえた。彼は少し間をおいてから、次の質問を投げかけた。
「知ってる人はいないの?ここの仕組みをよく知ってる人とか」
ツキは天井を見つめるようにして、少し考えた。その沈黙の時間が長く感じられた。
「ずっとここに来てる人は、他にもいた。でも、みんないつか来なくなる」
「どうして来なくなるの?」
「現実が忙しくなったり、仕事が増えたり、人間関係が複雑になったり。そうやって夢に来なくなったら、ここは消える」
「消える? ここがなくなっちゃうの?」
リョウの心臓が不規則に跳ねた。彼はまるで自分の大切な場所がこれから失われるかもしれないという恐怖を感じた。
「ここが消えたら、ツキは?」リョウの声は小さくなっていた。
「分からない」とツキは言った。その表情は平静そのものだったが、微かに眉が寄っているように見えた。「考えたことなかった。考えるのが怖かった」
この言葉を聞いたとき、リョウは初めてツキの本当の不安に気づいた。彼女は夢の駅という場所に繋がれていながらも、その繋がりの先にあるもの、消滅という可能性について、これまで目を背けてきたのだ。
「考えよう」とリョウは言った。「一緒に」
彼の言葉は宣言のようなものだった。これからも毎晩この駅に来る、という約束。ツキが一人で考えなくてもいい、そういう決意の表れだった。
ツキはリョウを見つめた。その目には、不確かな光が灯りはじめたように見えた。
──(最終話へつづく)