心拍だけではなかった。
翌週、俺はアプリの詳細ログを開いて、背筋が冷えた。歩数計の項目。睡眠中の記録に、数字が刻まれていた。
午前三時十二分、四十七歩。
寝ているあいだに、四十七歩。夢遊病か。そう思いたかった。だが目覚めたとき、俺はいつも仰向けで、布団の位置もずれていなかった。四十七歩ぶん歩いたなら、どこかに移動した痕跡があるはずだ。
測定の誤作動かもしれない。俺はカスタマーサポートに問い合わせた。担当者は丁寧に、しかし断言した。「加速度センサーは腕の動きで反応します。歩数として記録された以上、腕が四十七歩ぶん、規則的に振れています」
腕が、規則的に。歩くみたいに。
その夜、俺は腕時計を外して寝ようとした。だが、どうしても手が動かなかった。外そうとすると、指が震えて、うまくバンドを掴めない。まるで、外してはいけないと、何かに止められているみたいに。
結局つけたまま眠った。
朝、ログを見た。午前三時十二分、今度は五十二歩。昨日より、五歩多い。
近づいている。
直感的にそう思った。何かが、俺の眠りに向かって、一晩ごとに歩数を増やしながら、近づいてきている。
出品者のことを思い出した。「使わなくなったので」。あの短い説明文。俺は取引履歴からメッセージを送った。「このウォッチ、睡眠中に変な記録が出るんですが、心当たりありますか」
既読は、すぐについた。だが返事は、丸一日、なかった。
翌日の夜中、スマホが震えた。出品者からの返信。たった一行だった。
「返品はできません。外さないほうがいいです。外すと、家の中を探し始めるので」