第1話: 日暮れの店

その店を見つけたのは、大学の帰り道、いつもと違う路地に迷い込んだ夕暮れだった。

私、遠野あかりは、就職活動に失敗し続けて、心がすっかり萎んでいた。二十社目のお祈りメールを受け取ったその日、まっすぐ家に帰る気になれず、あてもなく歩いていた。

細い路地の奥に、その店はあった。木でできた古い引き戸に、色あせた看板。《忘れもの預かり所》と、かすれた墨文字で書かれている。

変わった店だ。傘やスマホの忘れものを預かる場所だろうか。ぼんやり眺めていると、引き戸がひとりでにカラリと開いた。

「いらっしゃい。それとも、探し物かな」

店の奥から、しわがれた声がした。カウンターの向こうに、白髪を後ろで束ねた、年齢のわからない女性が座っていた。着物の上に、藍色の前掛けをしている。

「あの、これは、何のお店ですか」
「忘れものを預かる店だよ。傘やハンカチじゃない。人がなくした、目に見えないものをね」

私は首をかしげた。店主は微笑んで、棚を指した。ずらりと並んだ木箱には、それぞれ小さな札がついている。《九歳の夏の勇気》《言えなかった ごめんね》《母のこもりうた》——。

「人はね、生きているうちに、いろんなものを落とすんだ。笑い方、口ぐせ、誰かを思う気持ち。落としたことにも気づかずにね。それを拾って、預かっておく。いつか取りに来る人のために」

私は棚を見つめた。信じられない話なのに、なぜか胸の奥がざわついた。

「あんた、何か落としたね」店主は私をじっと見た。「顔に書いてある。大事なものを、どこかに置いてきた顔だ」

私は、言葉に詰まった。就活の失敗続きで、私は確かに、何か大切なものを、なくしていた。

「よかったら、うちで働いてみないかい。あんたには、見えるみたいだから。この棚の札が」

見えていた。はっきりと。それが、私の新しい日々の始まりだった。

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