第9話: 取り壊しの朝

取り壊しの日。朝から重機がビルの周りに集まっていた。

作業員たちは、まさか中に人がいるとは思っていない。俺は前夜から、玄関の内側に立ち続けていた。ガラス扉を大きく開け放ち、外の光が差し込むようにして。

子どもたちが、階段を下りてきた。八階から、七階から、六階から。何十人もの子どもが、列を作って、ゆっくりと。

「さあ、行け」俺は扉を押さえながら言った。「一人ずつ、ゆっくりでいい」

先頭の子が、恐る恐る片足を外へ出した。今度は、すり抜けなかった。子どもの体は、朝日の中へ、しっかりと踏み出した。

外に出た瞬間、子どもの姿が、光の粒になって溶けていった。苦しそうではなかった。むしろ、長い夢から覚めたような、安らかな消え方だった。

次の子。また次の子。子どもたちは順番に扉をくぐり、光になって消えていく。俺は扉を押さえ続けた。腕が痛んでも、離さなかった。

外では、重機のエンジンが唸りはじめた。作業開始の時刻だ。壁が、揺れはじめる。

「急げ! もう時間がない!」

子どもたちが駆け出した。次々と扉をくぐり、光になる。残りわずか。

最後に、一番小さな子が残った。俺が最初に手を引いた子だ。子どもは、扉の前で立ち止まり、俺を見上げた。

「おにいさんは、いっしょにこないの?」

「俺は、扉を押さえてなきゃならないんだ。お前が出るまで」

子どもは、少し悲しそうな顔をした。それから、俺の手をぎゅっと握った。冷たかったはずの手が、今はほんのり温かかった。

「ありがとう。おにいさんも、おうちにかえってね」

子どもは扉をくぐり、光になった。全員、外へ出た。ビルの中には、もう誰もいない。俺一人だ。

頭上で、天井が崩れる音がした。俺は扉を離し、光の差す外へ向かって、走り出した。

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