ワスレナグサの花言葉を知ってから、私はずっと考えていた。彼にどんな花を返そうか、と。
藤代さんの連絡先は知らない。けれど、おばあさんのお墓の場所は、以前ぽつりと話してくれたことがあった。市の外れの、丘の上の霊園。
水曜日の午後、私は店を早じまいして、そこへ向かった。手には、自分で束ねた小さな花束を持って。
丘を登ると、彼はいた。おばあさんの墓前にしゃがみ、静かに手を合わせていた。振り返った彼は、私を見て目を見開いた。
「七海さん、どうして」
「ワスレナグサ、届きました」
私は花束を差し出した。オレンジのバラ、白いマーガレット、そして赤いガーベラ。彼と過ごした水曜日の花を、全部集めた花束だった。
「これ、藤代さんへの返事です」
彼は花束を受け取り、一輪ずつ見つめた。バラの絆、マーガレットの真実の愛、ガーベラの希望。
「全部、僕が選んだ花だ」
「はい。この夏、あなたと選んだ花です。忘れるわけ、ないじゃないですか」
彼の目に、みるみる涙が溜まっていった。強い人だと思っていた彼の、初めて見る涙だった。
「僕、あなたに会いたくて、意味もなく店に通ってた。花を届ける理由じゃなくて、あなたに会う理由が、ずっと欲しかったんです」
風が吹いて、丘の草が揺れた。おばあさんが見守ってくれているような、優しい風だった。
「じゃあ」私は微笑んだ。「これからは、花を買いに来てください。あなたに会いたい人が、店で待ってますから」
彼は涙をぬぐって、くしゃりと笑った。おばあさんの墓前で、二人の想いがようやく重なった。花に託した長い長い伝言が、届いた瞬間だった。