夢の駅 第3話「最初の夢」

夢の駅 第3話「最初の夢」

降り方を覚えるには、まず乗らないといけない。

リョウはホームのベンチに座り、ツキからの説明を聞いていた。駅舎の時計は相変わらず止まったままだ。この場所では時間が意味を失うのだろう。背中には緊張と期待が入り混じった感覚があった。本当に他人の夢に入ることができるのか。それが安全なのか。そもそも、こんなことが現実に起きているのか。

「最初は簡単な夢がいい。複雑なやつは危ないからね」ツキが言った。狐のような瞳が真摯に向けられている。「危ない?」「夢の中で、夢の主の感情に引きずられることがある。特に悪夢とか。それに深く入り込みすぎると、現実に戻ってくるのが難しくなる」

リョウは喉を鳴らした。想像していたより複雑な話だ。

「でも安心して。最初のうちは僕がついてる。変なことがあったら、すぐに引き戻す」ツキはそう言うと、ホームの列車を指差した。駅の看板には「海辺の夢」と書かれている。「この列車にしようか。穏やかだから、最初に向いてる」

列車は古風な作りで、窓ガラスには夕焼けが映っていた。本当に夢の中の乗り物とは思えないリアルさだ。リョウは覚悟を決めて、扉に近づいた。ツキも隣に並ぶ。

列車に乗ると、景色が変わった。

砂浜が目の前に広がっていた。西の空はオレンジと紫に染まっていて、波打ち際には砂が金色に光っていた。夕暮れ時の海だ。耳に届く波音も、頬に当たる塩風も、全て現実と変わらない。リョウは思わず息を呑んだ。

砂浜を歩いていると、足跡が砂に刻まれていく。自分の足跡だ。そして遠くに、別の足跡が見えた。その先には、人影があった。

「ここは誰の夢?」と、リョウがツキに聞いた。

「分からない。でも、夢の主は大抵気づかない。僕たちが見えることはめったにない」ツキが答えた。その声は、いつもより静かだった。敬意を払うように、ツキも小さな足音で砂の上を歩いていた。

砂浜をさらに歩くと、人影がはっきり見えてきた。中年の男性だった。波打ち際に立ち、じっと海を眺めていた。茶色いコートを着ていて、風になびいていた。

「この人の夢に入ってるの?」リョウが確認した。

「そう。でも邪魔しちゃダメ。夢の主の流れに乗って、自然に溶け込む。それが基本ルール」ツキが耳打ちした。

リョウは緊張しながら、男性に近づいた。心臓の鼓動が速くなっていた。もし気づかれたらどうなるのか。夢から追い出されるのか。それとも、もっと何か起きるのか。

しかし男性は振り向かなかった。ただ黙って、海を見ていた。リョウもそっと、男性の隣に立った。

風が吹いた。砂が舞い上がり、海の匂いがより強くなった。

不思議と、リョウの心も穏やかになった。緊張は消えていた。この人が何を考えているのか、どんな人生を歩んできたのか、そんなことはどうでもよくなった。ただ海を見つめるだけで十分だった。波が打ち寄せて引く。その繰り返しが、全てを優しく包み込んでいるようだった。

どのくらい時間が経ったのか、リョウには分からなかった。

「降り方は?」ツキの声が聞こえた。現実に戻されるような感覚だ。

「夢から覚める意識を持って、目を閉じる。それだけ。でも焦るな。自然に意識を移すんだ」ツキが説明した。

リョウは目を閉じた。夢から覚める。現実に戻る。そう意識しながら、ゆっくりと。

まぶたの裏が明るくなった。次の瞬間、硬いベンチの感触が戻ってきた。リョウは目を開けた。

駅に戻っていた。あの砂浜は消えていた。でも、その感覚だけは残っていた。波音が消えても、塩風の感覚が消えても、心の奥底には穏やかさが残っていた。

「どう?」ツキが聞いた。

「……よかった。変な言い方だけど、本当によかった」リョウは答えた。

ツキが笑った。「それなら成功。次の夢に行く準備はできた」

──(第4話へつづく)

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